【研究の最前線を知る Vol. 2】「ブラジルへの戦後工業移住に関する研究」
2026.08.19
JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)では、開発を取り巻くさまざまな課題に対し、問いを立てながら研究を進めています。
このシリーズでは、現在進行中の研究を取り上げ、研究者がどのような問いを立て、どのような背景や問題意識から分析を進めているのかを紹介します。今回は、田中秀一 研究員が携わる研究プロジェクト「ブラジルへの戦後工業移住に関する研究 」について取り上げます。
1977年に日本からブラジルに飛び立つ工業移住者たち(『海外移住』第363号より)
戦後日本の海外移住政策の一環として、工業移住制度というものが存在していました。この制度を利用して1961~1980年代まで約3,100人の技術者が日本からブラジルへ移住しました。当時、日本は高度成長期にあり、日本国内で技術者の需要は高まっていたため、この制度の存在は逆説的に思えます。なぜ日本の移住行政は工業移住制度を導入したのか、そしてなぜ日本人技術者はこの時代にブラジルへの移住を決意したのか。このような問いを中心に研究をしています。調査を始めた時の仮説としては、多くの工業移住者がブラジルで独立して工場を持つことを目指していたのではないかと考えていました。さらに、工業移住者が目指していたことや苦労したことなど、ライフストーリーについても調査しています。
国境を越えた人の移動の歴史に関する研究は、歴史学者や社会学者をはじめ、幅広い蓄積があります。しかし、日本からブラジルへの戦後移住者のほとんどは農業移住者なので、学術界ではこれまで工業移住にあまり関心が向けられてきませんでした。また、日本の戦後移住政策についてはさまざまな研究が存在していますが、概説的なものが多く、工業移住制度や工業移住者の動機に関する分析はあまり見当たりません。さらにブラジル人やブラジル研究者が出版した文献でも、日本人の工業移住が存在していたことやその歴史については、学術的な解説はほとんど存在しません。そのため本研究は、日本人移民史の中でこれまで明らかになっていなかった側面に光を当てて、日本人移民の過去に対する理解を深めることを目指しています。
彼らの楽しい思い出、苦労、活躍に対する認識を広め、後世に継承する必要があります。工業移住者の多くは言語の壁や異文化での生活、さらにはハイパーインフレーションによる経済危機などを経験し、大変な苦労をしました。一方で、自分の技術を生かして大型プロジェクトに参加したり、独立して事業を成功させたり、移住者による活躍もありました。工業移住は「忘れられた海外移住」になってしまう可能性があるため、研究を通じて彼らの活動について調査を行い、学術論文という形で事実や記憶を文書化する必要があります。本研究は日本におけるブラジルに対する理解の促進や日本におけるラテンアメリカ研究の発展に貢献できると思います。
移住してまもなく工場で働く工業移住者(『技術移住者現地だより:第2集』より)
JICAの日系社会連携事業を発展させるための参考材料になると思います。JICAは現在でも中南米の日系社会を支援しています。国際協力や民間ビジネスも含め、日本と中南米の関係をさらに進化させていく上で、日系社会は必要不可欠なパートナーです。例えば、過去には日本政府は日系社会と連携して、乾燥しているブラジルのセラード地域を開拓して、同国で最も生産性の高い農業地域にまで発展させることができました。このようなパートナーシップの発展が、意欲的な若手日系人にとっても、キャリアアップにつながる非常に良い機会になります。工業移住制度はこのように「人」を通じた産業分野の国際協力の先駆けでありました。そのため、中南米における今後のJICAの日系社会連携事業および国際協力を考えていく上でのモデルになり得ます。
本研究では、政策およびライフストーリーにまつわる研究を実施してきました。それを基に、移住行政に注目する論文「ブラジルの工業化と日本の戦後海外移住 」を最近執筆しました。また、移住者本人たちに注目する論文なども執筆しています。ライフストーリーについても、移住の動機や目指していたこと、苦労や技術者として歩んだ道などに関心を持っています。そのため、さまざまな角度からのライフストーリーをいくつかの論文に分けて執筆していきたいと思います。また、日本人だけでなく、欧州からブラジルへ渡った工業移住の事例を含めて、より普遍的な分析ができると思います。加えて、戦後の日本人移民研究においては、ブラジルに渡った産業開発青年(注:日本の建設省(当時)が行った移民で、主に建設分野に従事)など、工業移住と関連しつつも、まだ明らかになっていない他の移住形態に関する研究にも期待しています。
2025年9月、サンパウロにて、工業移住者である金谷さん夫妻(左)、大矢さんご夫妻(右)、JICA緒方研究所の田中秀一研究員(後列中央)。金谷義弘さんは生産管理のエキスパートとして日系電機メーカーで、大矢進貞さんは金型設計工として外資系自動車メーカーで活躍した。金谷治美さん、大矢紀子さんは、「ブラジルは自由に暮らせてよかった」と語った。田中研究員による金谷さん・大矢さんご夫妻へのインタビュー動画を近く公開予定
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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