実施中プロジェクト

インフラストラクチャー援助の貧困削減と持続可能な開発への貢献―スリランカ灌漑プロジェクトにおける長期パネルデータの構築と解析から―

概要

灌漑インフラストラクチャーの便益として、所得の上昇や一般的信頼の醸成といった社会関係資本の蓄積がみられる一方、土地の塩害化リスクをはじめとする環境への負荷の問題などが指摘されています。本研究では、インフラストラクチャーに対する援助が生み出す貧困削減・持続可能な開発への貢献を、長期の世帯ミクロデータの準実験的手法による解析を通じて検証します。

スリランカ南部ワラウェ川左岸地区を対象に灌漑水路網・貯水池や社会インフラの改修と拡張を行うことにより、農業灌漑用水の安定化などを通じて農民の生産・雇用・生活を向上させ、地域経済全体の発展に寄与することを目指した「ワラウェ川左岸灌漑改修拡張事業」を対象に、2000年から2020年にかけて5回のパネル調査が実施されました。そのうち、2009年、2020年には、信託実験・公共財実験・独裁者実験・リスクと時間選好に関する実験などのフィールド・ラボ実験が実施されました。これらの研究から、灌漑インフラストラクチャーの役割として以下のような知見が得られています。

① 灌漑へのアクセスが、農業所得を改善すると同時に、支出の下振れリスクを低減させることで一過性の貧困の悪影響を排除し、慢性的貧困と一時的貧困の両方の削減に広く貢献している。
② コミュニティ活動への参加といった社会関係資本(社会的規範、不文律などを生み出す社会的関係、ネットワークや組織)への投資やその蓄積が、信用市場へのアクセスを改善させるという相互補完関係にあり、両者が十分に機能することで貧困の罠から抜け出せる。
③ 社会関係資本の蓄積及び相互扶助ネットワーク形成を動機として、灌漑のメンテナンス作業等の住民による集合行為・行動が行われているが、土地を持たない農民は集合行為に参加しない傾向があり、労働供給等の非金銭的集合行為は、フリーライダー(ただ乗り)問題を顕在化させる。
④ 社会関係資本にとって重要な側面である「他者への信頼」においては、農民の灌漑へのアクセス年数等が有意に関連しており、習慣形成を通じた「一般的信頼(general trust)」(他者一般ないし人間性一般に対する信頼)を醸成する。

本研究では、これまでの研究結果を踏まえ、新たに当初の調査対象であった世帯とその子孫を調査し、①灌漑の建設による長期間にわたる所得上昇や灌漑地区内で世代を超えて受け継がれている知識やスキル(人的資本)、および灌漑の運用による他者との信頼関係・ネットワーク(社会関係資本)の蓄積が、同灌漑地区の農家の貧困削減に長期的にどのような影響を与えているのか、②インフラストラクチャーに対する援助が、域内での農業部門から非農業部門(ビジネス)への長期的な産業構造の高度化をもたらしているのか、③周辺地域の森林伐採による象被害の拡大等、人間の社会経済活動による長期の生態環境変化が、同灌漑地区にどのような影響をもたらしているかといった課題を評価します。

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