田中理事長が日本記者クラブで会見−21世紀にJICAが果たす役割について語る−

2013年10月4日

田中明彦JICA理事長は10月2日、日本記者クラブ(東京都千代田区)で会見を開いた。日本記者クラブでの会見は就任直後の2012年6月以来2度目で、今回は就任から1年半、2008年10月の新JICA設立(注1)から5周年、というタイミングも捉えて行われた。

会見では、「躍動する2つの大洋:国際政治と開発援助の現場から」というテーマで、21世紀における世界経済のパワー・トランジションや地殻変動する世界を俯瞰(ふかん)した上で、今年6月に横浜で行われた第5回アフリカ開発会議(TICAD V)の成果、交流40周年を迎えた日本とASEANの関係の変化などについて語った。

地殻変動する世界と岐路に立つ日本

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参加者を前に「インド・パシフィック」時代の国際協力について語る田中理事長(右手檀上左)

田中理事長は冒頭、「21世紀の世界経済の中心は『インド・パシフィック(環太平洋と環インド洋地域)』になる」とし、「日本の国際協力もこれを念頭に置いて考える必要がある」と述べた。

「世界経済の中心は19世紀から20世紀後半までは大西洋にあった。20世紀の最後の四半世紀には、1989年のアジア太平洋経済協力(APEC)発足に象徴されるように、中心は太平洋に移った。そして21世紀の今日、太平洋にとどまらず、インド洋にもその地域は拡大している。就任後、開発途上国を中心に世界33ヵ国を訪問し、要人や国際協力事業関係者との協議、現場視察を行う中で、それを実感してきた」と自身の体験を踏まえて語った。

「日本にとっての課題は、インド・パシフィックの成長地帯を拡大していくことと同時に、中東やアフリカなどで見られるぜい弱な状況、地域を広げないようにすることだ。その中でJICAができることは、成長国では拡大する国内経済格差の是正、ぜい弱国では平和構築といった側面で支援していくことだ」とJICAの役割を示した。

加えて、「G20に象徴されるように、日本はアジアで唯一の先進国であるという、かつての例外的な地位が消滅しており、国際協力においても、近年は中国や韓国などが世界中で活発な援助を行っていることから、日本も、よりダイナミックに取り組むことが求められている」と訴えた。

TICAD Vを振り返って

この1年の最も大きな活動として、田中理事長は第5回アフリカ開発会議(TICAD V)を取り上げた。「アフリカはかつて『貧困に苦しむ大陸』というイメージだったが、『成長する大陸』という側面が認知されてきた」とし、「ここ最近は年率5パーセントの経済成長を続け、2005年には直接投資が援助額を超えた。今回のTICAD Vでアフリカ側の期待は、援助だけでなく、民間投資にもあることがクローズアップされた」と述べた。

TICADの歩みは今年で20年となる。アフリカがこのような変貌を遂げる以前の1993年から、日本は国連開発計画(UNDP)や世界銀行などの国際機関との共催で、5年に1回、TICADを開催してきた。5回目となる今年は、39人の国家元首・首脳級を含むアフリカ51ヵ国の代表団が来日。安倍晋三首相は、横浜宣言において、今後5年間でODA 1.4兆円を含む官民による最大3.2兆円の支援を約束。ODAのうち6,500億円をインフラ投資が占める。さらに「ABEイニシアチブ」(注2)を含む3万人の産業人材育成に対する支援を盛り込んだ。

「TICAD Vの開会あいさつで安倍首相から、SHEP(小規模園芸農民組織強化)と呼ばれるJICAの取り組みが紹介された。ケニアの小規模農家を対象に帳簿付けやマーケティングを身に付けてもらうプロジェクトで、現在アフリカ10ヵ国で推進されている」と、JICAプロジェクトへの高い評価を紹介した。

「今後は、戦略的マスタープランや産業人材育成、産業政策支援、農業支援、保健分野での支援を重視していく。またアフリカのさらなる発展には、ウガンダ、ザンビア、マラウイ、南スーダンなどの内陸国の発展が欠かせない。沿岸国から内陸国につながる複数の回廊開発計画を進めている」と、アフリカへの支援で重視する分野に言及した。

「日・ASEAN友好協力40周年」に向けて

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新しいASEANと日本の関係構築について熱弁を振るう田中理事長

今年は日本とASEANの交流開始から40周年を迎え、さまざまな記念事業が行われる中、12月には日・ASEAN特別首脳会議が東京で開催される。

「日本は1954年のODA開始以来、一貫して東南アジアを支援してきた。日本の国際協力が近年、インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアなど各国の経済成長の一端を担ってきたことは間違いない」と、これまでの貢献を強調。JICAから東南アジアへの協力については、「ハード面ではODAによる空港、鉄道、港湾など経済社会基盤整備、ソフト面では、17万人の研修員受け入れや、5万人の専門家、5,000人超のボランティア(2011年までの累計)を派遣している」と実績を示した。

現在のASEANには、カンボジア、ミャンマー、ラオスなど、所得レベルがシンガポールやマレーシアと大きな差のある国々もまだ存在する。さまざまな開発段階にある国が混在するASEANの新しい課題には、「中進国の罠」(注3)への対応や、域内や各国間の格差是正、高齢化への対応、先進ASEAN各国による南南協力の展開などがある。「先進ASEAN各国では近年、高齢化問題など日本と共通の課題を抱えるようになっている。共に課題を解決していくパートナーとしての関係を築いていく時期にきている」と期待を語った。

就任1年半、統合5周年を迎えて

「統合から5年がたち、技術協力、有償・無償資金協力を一元的に行える包括的な開発援助機関として、相手国の課題解決に向け、より戦略的な支援が可能になった」と統合による開発効果の向上を訴えた。

1954年に開始した日本のODAは来年60周年を迎える。田中理事長は「これまで試行錯誤しながらつくり上げてきた日本の国際協力の特徴は、相手国のオーナーシップの尊重、相手国の懐に入って一緒に働くことで、信頼関係を築きながら能力強化や人材育成を行うアプローチにある。また、中長期的開発ビジョンづくりと、その計画に基づいた継続的支援、技術協力と資金協力を組み合わせた包括的な支援は、相手国側からの評価も高い」と締めくくった。

(注1)旧JICAの技術協力、旧JBIC(国際協力銀行)の海外経済協力業務(円借款などの有償資金協力)、外務省が従来実施してきた無償資金協力という三つのスキームが統合され、世界有数の二国間開発援助機関が2008年10月、新JICAとして誕生した。

(注2)African Business Education Initiativeの略。5年間で1,000人のアフリカの若者を、日本の大学や大学院での教育に加えて、日本企業でインターンとして働く機会を提供するもの。

(注3)一定の発展を遂げて低所得国から脱したものの、価格競争力では低所得国に劣り、技術力では先進国に及ばないといった理由から、成長が停滞してしまう状況になること。