JICA緒方研究所「今日の人間の安全保障」創刊号について議論:人間の安全保障学会

2022.12.26

「人間の安全保障学会(Japan Association for Human Security Studies: JAHSS)第12回研究大会」(2022年11月5,6日開催)で、「プレナリー『今日の人間の安全保障』」と題したセッションで、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の研究員らが、「今日の人間の安全保障」創刊号に記載された複数の論考の発表を核とした議論を行いました。

現代の世界においては、武力紛争、自然災害、強制移住、グローバリゼーションの悪影響など既存の問題が深刻化する一方で、コロナ禍、気候変動、デジタル化の負の側面など新しい問題も出現しています。このセッションでは、こうしたグローバルな課題を的確に把握し、適切に対応するためには、人間の安全保障の視点が有効なのでは、と問いかけ、人間の安全保障の理論と実践を今日の視点から再考し、その将来を展望しました。

セッションに参加した研究員ら

それぞれの研究員の発表内容は次の通りです。

●今日の人間の安全保障と開発協力:牧野 耕司 副所長

人間の安全保障とは、多様な脅威と人・組織・社会の脆弱性に焦点を当て、人々の保護とエンパワメントを通じて、すべての人々が恐怖と欠乏から免れ、尊厳を全うできるレジリエントな社会を創ることを目指す概念です。また、人間の安全保障は、SDGsの基盤とも言えます。一人ひとりに着目して「誰一人取り残さない」というSDGsの概念は、まさに人間の安全保障から来ているものです。今日の新しい脅威に対する人間の安全保障の実現のためには、共通価値創造、デジタル、グローバルガバナンスという3つのトランスフォーメーションが重要であると考えています。

●人間の安全保障研究の歩み:武藤 亜子 上席研究員、杉谷幸太 非常勤研究助手、竹内 海人リサーチオフィサー、大山 伸明リサーチオフィサー

はじめに、国連の場を中心として人間の安全保障の概念が進展してきた経緯を振り返り、続けて、現代の新旧の脅威に対する人間の安全保障の実践を、JICA緒方研究所の「東アジアの人間の安全保障の実践」研究や、JICAの人身取引対策に関する協力事例等を通じて検証しました。命、暮らし、尊厳を守るため、人間の安全保障を推進するのに欠かせない多岐にわたる実践を詳しく紹介しました。最後に、今後の人間の安全保障研究の可能性を展望しています。

●アフリカにおける人間の安全保障をめぐる理解と実践:花谷 厚 主任研究員

日本の対アフリカ開発協力において、人間の安全保障は重要な政策概念として位置付けられてきました。その一方で、アフリカ側は人間の安全保障をどのように捉え、実践してきたのか。そしてコロナ禍でそれらはどのように変化しつつあるのか。発表ではこの問題を、アフリカにおける人間の安全保障に関する主要言説、アフリカ連合(AU)の主要政策文書と活動に見るとともに、アフリカにおいて人間の安全保障を積極的に評価してきた南アフリカを事例に考察した結果を報告しました。

●新型コロナウイルス感染症と保健:牧本 小枝 主席研究員、齋藤聖子 主任研究員、駒澤牧子 研究員、磯野光夫 国際協力専門員

人類は過去、感染症流行の危機に多くさらされてきました。この経験から国際的な健康安全保障の枠組みが作られ、各国の体制強化が推進されてきました。一方で、人々が必要な保健サービスを必要なときに利用できるユニバーサルヘルスカバレッジの取り組みも行われてきました。コロナパンデミックにおいてそれらが機能するなか、どのような課題に直面し、またどのような対応がなされたのか、人間の安全保障の視点から振り返った結果を報告しました。

人間の安全保障に関する活発な議論を展開

研究員らの発表後、討論者を務めた佐藤仁客員研究員(東京大学教授)から、「国家が国民を守れない、守らないという状況の中から人間の安全保障という考えは生まれてきたと思うが、アフリカのように国家が脅威の源泉となっている場合に開発援助はどのようにその国民を保護できるのか」という質問が挙がりました。

それに対し、花谷研究員は以下のように回答しました。

「アフリカにおいてもこれまでそのような議論が行われてきた。国家が国民を保護しない状況だからこそ国際機関等による保護が必要という考えと、国際社会による保護があるとしてもそれは一時的なものに過ぎず、より根本的な対応としては国家のガバナンス改善が不可欠であるという考えがある。開発援助機関としては後者の考え方に立ち、継続的に関与することも必要。その一方で、近年は難民グローバルコンパクト等に沿って国家による保護から外れた長期化難民に対する支援も開発援助機関として行っており、状況により直接的な支援も行えるようになっている。」

また、「人間の安全保障はグローバルな概念であるべきなのだろうか。国家、地方にはそれぞれ固有の文脈や文化があるはずなので、人間の安全保障は文脈に即すべきではないのか」との佐藤客員研究員からの質問に対し、武藤上席研究員は、「グローバルな人間の安全保障の概念に対する共通見解は、2012年の国連総会決議で一定のコンセンサスがある。JICA緒方研究所では、東アジアや東南アジアの各国レベルの人間の安全保障の理解や実践に関する研究を進めてきている。この結果、文脈に即した人間の安全保障や保護を中心とした実践の解明が進んでおり、今後はエンパワメントの実践をより一層明らかにしていく必要があると考えている」と述べました。

会場からの質問の中で、「COVAXファシリティ(COVID-19 Vaccine Global Access Facility)について批判的な意見か」に対しては、牧本主席研究員は、「高所得国の政治・政策によりCOVAXは計画に沿った分配ができなかったが、マルチセクトラルな取り組みによるこれまでにないイノベーティブな仕組みであり、それ自体に批判的というわけではない。レビュー結果を踏まえて、今後はCOVID-19に限らない調達メカニズムへと見直されると聞いている」と回答しました。

そのほか、異なる領域間での協力の重要性や、難民登録をしていない人々など、政府が守るべき市民として認識されていないnon-citizenの人間の安全をどう保障するのかが指摘されるなど、活発な議論が展開されました。

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人間の安全保障を再考する—JICA緒方研究所レポート「今日の人間の安全保障」

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