JICA/UNDP共催セミナー「複合危機と人間の安全保障」~JICA緒方研究所レポート『今日の人間の安全保障』からの示唆

2023.04.25

JICA緒方貞子平和開発研究所と国連開発計画(UNDP)は2023年3月1日、研究所のフラッグシップレポート『今日の人間の安全保障』創刊号の英語版を紹介し、世界が今直面している複合危機の現状と対応について議論するセミナーを共催しました。本セミナーでは、国際的な有識者も招き、人間の安全保障の概念と実践について議論を深めました。

田中明彦JICA理事長

セミナーの冒頭、国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長が開会あいさつを述べました。田中理事長は、複合危機下にある今日の世界においては、人間を中心に据え、レジリエントで持続的な社会の構築を目指す人間の安全保障の概念がとりわけ重要であることを強調しました。そして、人間の安全保障が注目されるようになったのは冷戦後の時代であるものの、その基本概念である「恐怖と欠乏からの自由」と「人々の尊厳の保護」は、近代的な政治思想においても古くから存在していたことを説明しました。また、現下の国際情勢において重視される国家安全保障も、本来、人間の安全保障を達成するための手段であると述べました。

続いて、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのメアリー・カルドー名誉教授のビデオメッセージでは、JICAのローカル/ボトムアップ型の人間の安全保障アプローチをはじめ、人間の安全保障の実践を研究する重要性を強調している点について、このレポートを高く評価しました。また、軍という組織を、一般市民を守るという目的をより強く意識したものへと再編する必要性を強調しました。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのメアリー・カルドー名誉教授

連帯と協調を支える基礎的価値観としての人間の安全保障

JICA緒方研究所の高原明生研究所長(当時)の基調講演では、ウクライナ危機を例に挙げ、グローバル化した世界では危機が複合化しやすいと指摘。また、分断された世界において人々が連帯、協調するための基礎的価値として人間の安全保障の重要性を強調しました。

JICA緒方研究所の高原明生研究所長(当時)

高原所長は、人間の安全保障を達成するために複数のアプローチを組み合わせる必要性を指摘するとともに、法の支配など、権力のチェック・アンド・バランスのためのメカニズムの重要性を強調しました。また、そうしたメカニズムの構築に寄与する取り組みとして、アジア、アフリカで、法の支配の促進のためにJICAが実施している、法制度整備支援プロジェクトを紹介しました。さらに、教育を通じた人々のエンパワメントが不可欠であり、現地の歴史や慣行を尊重、活用し、現地の人々と協力して社会やコミュニティのレジリエンスを高めることも欠かせないと説明しました。

最後に、高原所長は、普遍的価値観に対する懐疑論への反論として、保護、エンパワメント、社会のレジリエンス強化を通じて、人々の生命、生活、尊厳の保護を内発的に達成することは、文化の違いを超え、世界のすべての人々に共通する価値観であると強調しました。また、JICAは人間の安全保障に関する理論的、実証的研究を通じて、すべての人々の人間の安全保障の実現に貢献していくと言明しました。

保護とエンパワメントを組み合わせるJICAの統合的アプローチ

同レポート中、最初の章を執筆したJICA緒方研究所の牧野耕司副所長(当時)は、複合危機の文脈において人間の安全保障がどのように理解されうるのかを探り、人間の安全保障実現のための効果的アプローチを追求するというレポートの目的を冒頭で説明し、創刊号の概要を紹介しました。同レポートは、人間の安全保障と開発協力の現状を俯瞰するとともに、JICAの取り組みを中心とした人間の安全保障研究の歴史を概観しています。また、「アフリカにおける人間の安全保障をめぐる理解と実践」「移民送金と人間の安全保障」「新型コロナウイルス感染症と保健-人間の安全保障の視点から-」の各セクションにおいて、コロナ禍における人間の安全保障に着目しています。

JICA緒方研究所の牧野耕司副所長(当時)

牧野副所長は、新型コロナに対するJICAの世界保健医療イニシアティブを例に挙げ、保護とエンパワメントを組み合わせたアプローチの有効性を強調しました。さらに、複数のセクターを横断するアプローチと、さまざまなステークホルダーの強い連携が求められる複合危機の実例として、コロナ禍を取り上げました。最後に、人間の安全保障を促進するための3つの変革として「共通価値創造(Creating Shared Value:CSV)・トランスフォーメーション」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」「グローバルガバナンス・トランスフォーメーション」を挙げた後、続けてレポートの紹介動画を紹介しました。

コミュニティの関与を高める包摂的な参加型アプローチ

続いて、JICA緒方研究所の武藤亜子上席研究員がモデレーターを務め、パネルディスカッションが行われました。メルナス・モスタファビ国連人間の安全保障ユニット長は、人間の安全保障が今日直面している脅威について強調しました。また、国連人間の安全保障基金の目的は、人間の視点から、普遍的に適用可能かつ現地の文脈に適した包括的な取り組みで、多様な問題に対処できる仕組みを支えることだと説明しました。

パネルディスカッションの参加者ら

次に、フィリピン南部のバンサモロ暫定自治政府で議会院内副総務と社会サービス・開発大臣を務めるライサ・ヘラデュラ・ジャジュリー氏が、バンサモロ自治地域に人間の安全保障をもたらすための取り組みを紹介。ジャジュリー議会院内副総務兼社会サービス・開発大臣は、広範な破壊や開発の遅れ、貧困を引き起こした同地域での紛争について、歴史的経緯を概観しました。また、取り組みの成果と課題に着目して地域の現状を解説し、人間の安全保障の強化に向けた今後の計画を示しました。

最後に、UNDPの近藤哲生駐日代表が、人間の安全保障概念の歴史的展開を説明しました。近藤代表は、UNDPが2022年、特別報告書「人新世の脅威と人間の安全保障~さらなる連帯で立ち向かうとき~」を発行したことにも言及しました。

その後の質疑応答で、モスタファビ・ユニット長は、人間の安全保障の実践において最も重要なことは何か、との質問に対し、人間の安全保障の実現に向けた人々のエンパワメントのためには、包摂的な参加型アプローチでコミュニティ・エンゲージメントを高めることが重要だと述べました。ジャジュリー議会院内副総務兼社会サービス・開発大臣は、人々のエンパワメントに関する質問に応じ、フィリピンでの和平プロセスについて説明しました。また、その際、交渉の秘密を守ることと、何が起こっているのか人々が知る権利を守ることの両者間のバランスの重要性を指摘しました。近藤代表は、UNDPの現地での活動に関する質問に対し、人間の安全保障に対するアプローチを紹介するとともに、各アクターの「行為主体性(agency)」を高めることの重要性を強調しました。そして、「行為主体性」とは、他者への配慮をしつつ自然発生的な行動と意思決定を行うことだと説明しました。

関連動画

複合危機と人間の安全保障 ~ レポート『今日の人間の安全保障』からの示唆【JICA緒方研究所:セミナー】

人間の安全保障を再考する—JICA緒方研究所レポート「今日の人間の安全保障」

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