【佐藤一朗上席研究員コラム】不確実な気候や社会の変化に耐え得る開発を実現するために

2023.05.09

JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、気候変動といった不確実性をどのように克服しながら効果的な開発協力を進めていくべきか、佐藤一朗上席研究員が以下のコラムを執筆しました。

著者:佐藤一朗(JICA緒方研究所上席研究員)

長期の開発計画を難しくする不確実性要因の存在

気候変動問題が、近年ますます注目を集めている。開発協力の世界でも、気候変動問題を抜きに論じることはもはやできず、温室効果ガスの排出削減と気候変動への適応をあらゆる開発事業において考慮することが求められている。気候変動への適応については、事業のタイプによって気候変動の影響の度合いが異なるが、供用期間が数十年にわたる大型インフラ開発事業や、都市開発計画などの長期開発計画策定事業などは、大きな影響を受ける可能性が少なくない。気候変動の影響は、今後数十年にわたってより顕著に表れてくると考えられ、期待される開発効果が長い事業では、より大きな気候変動の影響に晒される恐れがあるからである。

突然の豪雨で雨宿りを余儀なくされるシエラレオネの人々(写真:JICA/飯塚明夫)

こうしたインフラ開発の事業計画や長期開発計画を作成する際、今では気候変動の影響を考慮するケースが増えており、それは望ましい変化ではあるが、一つ大きな問題がある。それは、気候変動の影響の中には、予測が難しいものがあるということだ。例えば、平均気温の変化や海面上昇と比較して、降雨、特に線状降水帯による豪雨やゲリラ豪雨のような局所的な短時間強雨現象の変化などは、現象を生み出すメカニズムの複雑さや空間的なスケールの小ささ故に予測が難しいと言われている。事業対象地域の面積や地形の起伏の大きさなども予測の難度に影響するという。また、予測困難かつ事業の成否を左右し得る不確実要因は気候変動の影響ばかりではない。人口の移動、市場の変化、政策転換などの社会・経済的な不確実要因も、開発事業に重大な影響を及ぼし得る。このような気候変動の影響などの不確実性に直面した場合、事業計画立案者が取る対応は、主に3つのパターンに分類できる。

不確実性への対応における3つのパターン

一つは、不確実性を無視して計画を立てることだ。この場合、気候変動の影響などを加味して(あるいは加味しないで)将来の予測を立て、その予測を基にさまざまな制約条件を加味した上で最適の計画を立てることになる。しかし、このアプローチでは予測が外れた場合に思わぬ悪い結果に陥る恐れがある。

二つ目は、不確実性を減らす努力をすることである。例えば、現地のデータをより多く集め、予測モデルを改善することで、予測の精度を向上させて気候変動の影響の不確実性を減らせる可能性があり、そうした取り組みに投資する価値がある場合もあろう。しかし、作業スケジュールが許す時間内には解決しないケースもあるであろうし、極めて複雑なシステムの働きによって発生している現象を予測の対象とする場合は、それを完璧にモデルで再現して予測することはそもそもできない。さらに、不確実性の中にはいくらデータやモデルを充実させても減らないタイプの不確実性がある。その典型的な例は、偶発的な事象によって左右される現象で、例えばある地域に存在する植物種の遺伝子の突然変異によって異なる植生分布に行き着くとすれば、いくらデータを集めて予測モデルを改善しても、偶発的な突然変異の効果まで予測することは不可能であろう。

最後は、不確実性があることを認めて受け入れ、不確実性の影響を見極めて、できる限り不確実性に結果が左右されにくい事業計画づくりを試みることである。従来から広く取り入れられてきた感度分析(※1)は、そうした試みの一つと位置づけられる。しかし、通常、感度分析は一つの不確実要因に一定の幅を持たせて変化させたときに結果がどう影響されるかを調べるが、計画の成否に影響を与える重要な不確実要因が一つであるとは限らず、複数の不確実要因が複合的に作用して結果に影響を及ぼす場合、感度分析では対応できない。

たびたび洪水が発生するカンボジアの首都プノンペンでは、洪水防御・排水改善計画が進む(写真:JICA)

もう一つ、以前から用いられてきた方法は、順応的計画・実施プロセスを導入することである。これは、当初計画を基に事業を実施すると同時に不確実要因の変化とその影響をモニタリングして、モニタリングの結果に応じて計画を軌道修正し、実施していくアプローチである。これは有効なアプローチではあるが、弱点もある。具体的には、軌道修正ができない経路に進んでしまうリスクがある。

例えば、洪水氾濫対策として、気候変動の影響により将来の洪水流量が増加した場合には堤防を高くして対応する計画を立てたとしよう。洪水流量の経年変化をモニタリングして、堤防を高くしていったが、流量の増加が想定を上回り、今ある敷地内ではそれ以上堤防を高く築けない、また堤防の際まで住宅地が広がってしまい、河川を拡幅することもできないといった状況である。他の事例として、かんがいインフラを建設し、もし降水量が減少してかんがい水量が減った場合は、節水技術の導入や必要水量の少ない作物への切り替えで対応しようとしたが、降水量が想定を大きく下回ってかんがいインフラが用をなさなくなってしまったというようなケースも考え得る。

(※1)開発事業の計画策定における感度分析とは、計画に基づく事業の結果予測が、事業に影響を与える要因の変化に対して、どのように応答して変化するかを分析すること。

不確実性を受け入れ、克服するためのパラダイムシフト

そうした事態を防ぐためには、最初の計画の段階で、考え得る多くのシナリオを想定して、どのようなシナリオになったとしても、目標が達成できる計画づくりを目指す必要がある。そのような計画づくりを助けてくれる手法群がある。「不確実性下の意思決定(Decision Making under Deep Uncertainty)」(※2)と呼ばれるものだ。その中でも特に、過去10年ほどの間に開発事業における気候変動適応の問題に応用されるケースが増えてきたのがRobust Decision Making (RDM) Framework(※3)という手法である。

RDM手法は、計画の成否に大きな影響を及ぼすと考えられる(通常は複数の)不確実要因をさまざまに変化させた多数のシナリオを準備し、計画の成否を評価できるシミュレーションモデルを活用して全てのシナリオを適用し、どのようなシナリオが実現した場合に計画の目標が達成できなくなる恐れがあるのかを特定する。それによって、不確実要因に対する計画の脆弱性を「見える化」し、脆弱性を補うような計画修正を行う。そうしてできた修正版の計画に再び多数のシナリオを適用し、脆弱性をチェックし、計画を修正するというプロセスを繰り返して、最も脆弱性がコントロールされた堅固な(robustな)計画に仕上げていくのである。気候変動適応の文脈では、不確実要因の幾つかに気候変動の影響を受ける要因を含めるのだが、多くの場合、気候変動の影響のみが重要な不確実要因ではなく、さまざまな社会経済的要因が重要な不確実性として含まれる。この点は非常に重要であり、気候変動適応策事業に限らず、あらゆる開発事業にRDM手法が有効たり得ることを示唆している。

なお、RDM手法においては、重要な不確実性としてどのような要因を選択するか、計画にどのような事業を盛り込むか、計画の成否をどのような指標で評価するかは、計画のステークホルダー(開発協力事業の場合は、相手国政府関係者、事業の実施に関わる関係者、事業の便益・影響を受ける団体・コミュニティーの代表者など)との対話によって決めるのが基本とされており、シミュレーションの結果に応じて計画を修正する際も、ステークホルダーとの対話を通じて行う。RDM手法はあくまで意思決定支援のための分析ツールであり、意思決定するのはステークホルダーという考え方なのだ。

RDM手法にも、もちろん限界はある。いくら分析と計画の修正を繰り返しても、使える資金や資源の制約があったり、講じ得る対策に限界があったりするため、脆弱性を完全になくすことは難しい。また、多くのシナリオを適用するために、コンピューターで稼働するシミュレーションモデルを用いるのが一般的である(ただし、時間と手間を惜しまなければ、また複雑なモデルでなければ手計算してもよい)が、状況によってはそのようなモデルが構築できない、あるいはシミュレーションに必要なデータが揃わないこともある。さらに、RDM手法で構築するシナリオは、ステークホルダーが想定できるシナリオのみなので、誰にも思いつかなかった、いわゆる「ブラックスワン」的な事態には対応できない。ステークホルダーとの累次のコンサルテーションを通じた分析プロセスには、時間と手間と資金を要するので、スケジュールや予算の制約で適用できないケースもあるだろう。

ケニアでの灌漑開発事業で建設した取水堰と水利組合員(写真:JICA)

そのような制約がありながらも、RDM手法は不確実な気候変動の影響に対して、開発事業をより堅固なものにする有効な手立てになり得ると考えており、JICA緒方研究所ではRDM手法を活用し、ケニアの灌漑開発事業を対象としたケーススタディーに取り組んできたほか(※4)、スリランカの都市洪水対策事業を対象とした新たな研究も実施している(※5)。これまでの、不確実性の存在を無視する、あるいは不確実性を減らすことばかりを考えるパラダイムから脱却し、不確実性を認めて受け入れ、その上で不確実要因の影響をコントロールしようとする新しいパラダイムへの転換が必要であり、RDM手法がその有効なツールになり得る。そして、気候変動の影響のみならず、紛争やパンデミックなど、さまざまな不確実要因が複合的に絡み合って開発に影響を与える現代の世の中では、そのような新しいパラダイムで開発を考える必要性が一層高まっているのではないだろうか。

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■プロフィール
佐藤 一朗(さとう いちろう)
JICA緒方貞子平和開発研究所上席研究員。1997年に国際協力事業団(当時)に入団。メキシコ事務所、ブラジル事務所、防災グループ、気候変動対策室などを経て、2022年より現職。2018~2020年にWorld Resources Instituteに出向。

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