【コラム】母子手帳のインパクトを測る――ガーナでの研究を通じた試み
2026.05.12
日本で生まれた母子手帳は、妊娠期から乳幼児期までの母と子の健康記録と情報を一冊にまとめ母子の健康を守る頼もしい存在です。産科・小児科の受診や予防接種など、さまざまなサービスをつなぎ、途切れのないケアを支えてきました。JICAは1990年代から、各国の状況に合わせた母子手帳 の導入、展開を支援してきました。
今回のコラムでは、JICAがガーナヘルスサービス(Ghana Health Service, GHS)、東京大学と進めている「ガーナ共和国 母子手帳インパクト評価プロジェクト研究 」について、2026年2月に現地で開かれた会合での議論も交えながらご紹介します。
著者:
JICA国際協力専門員 萩原明子
JICA人間開発部 アソシエイト専門員 大町檀
JICA人間開発部 専門嘱託 波多野奈津子
JICA緒方研究所 リサーチ・オフィサー 梶野真由奈
ガーナでは2018年から、妊婦手帳・子ども手帳・継続ケア(Continuum of Care, CoC)カードをひとつにまとめた「統合型母子手帳」が全国で導入されています。これは、ガーナ政府・東京大学・JICAが協力して行ったEMBRACE実施研究 により、母親に受診の重要性や緊急時の備えなどをわかりやすく説明することが、母子の健康改善に役立つことが確認され、その成果が形になったものです。
母子手帳はJICAの協力で全国に普及し、2021年の調査では、政府機関だけでなくプライベートクリニックでも広く活用されていることが分かりました。
「出生記録が書きやすくなった」
「母親とのコミュニケーションが深まった」
「尊厳を重視したケアに役立っている」
等のさまざまな良い変化が報告されています。
一方で、母子保健で特に大切とされる「妊娠期から2歳までの最初の1000日間」に、この手帳がどのような影響を与えているのか。また、ガーナ政府がどのようにして手帳の制度化に成功したのか――こうした点については、まだ十分に分析されていません。そこでJICAはGHS、東京大学と協力し、母子手帳を継続的に利用することでどのような変化が生まれるのか、そして制度化し持続可能にするための成功要因や障壁は何なのかを、丁寧に探る研究を進めています。
母子手帳の効果に関する研究は世界各地で行われていますが、その方法や背景は実にさまざまです。効果を正確に測ることは、実はとても難しい作業です。医療分野では、エビデンスの質を整理するためにGRADEといった枠組みが使われ、RCT(ランダム化比較試験)は因果関係を検証する際に信頼性の高い方法とされています。
GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)システム
医学研究から導かれたエビデンスについて、研究デザインの妥当性や想定されるバイアス等を加味して、その質と推奨の強さを体系的に評価するための国際的な枠組み
しかし母子保健事業のように多くの要因が絡み合う領域では、効果が長期的かつ多面的に表れるため、「何が効いたのか」を切り分けるのは簡単ではありません。社会的価値など、数値化が難しいインパクトも存在します。また、研究で得た知見を政策として実装するには、別のハードルもあります。だからこそ、インパクト評価ではまず「何を、何のために測るのか」をはっきりさせることが大切です。因果関係を追究したいのか、政策への実装を重んじるのか。目的によって、選ぶ手法や研究デザインは変わってきます。
今回の研究では、ガーナの現場で生まれた疑問を出発点に、母子手帳プログラムをより良くしていくためのエビデンスを集めることを目指しています。また、ガーナ政府が積み重ねてきた経験を、他国へ共有することも視野に入れています。
「母子手帳が全国のどの病院や保健センターでも有効に活用されているのか」
「母子手帳を妊娠中から2歳まで継続して使えた母子と、そうでなかった母子では、子どものケアや健康状態に違いがあるのか」
「現場の医療スタッフや母親は、母子手帳の効果をどのように感じているのか」
「母子手帳をもっと活用するために、現場の医療スタッフはどのようなサポートが必要と感じているのか」
「母子手帳を広めるためにガーナのヘルスシステムにはどのような強みや課題があったのか」
こうした現場の声を受け、研究チームは「現場の疑問に寄り添う研究にしよう」という方向性を固めました。そこで選んだのが、数値データだけでなく、人々の経験や思いも丁寧に拾い上げる、定量と定性の両方を組み合わせたアプローチです。
母親たちはどのような気持ちで母子手帳を手に取っているのか。医療スタッフはどのような場面で手帳の効果を感じているのか。政策担当者はどのような課題を見ているのか。そうした一つひとつの声を聞きながら、研究は進んでいきます。そして集まったデータと現場の実感を重ね合わせ、「では次にどう良くしていくか」を関係者と一緒に考えていく。そのプロセスそのものも、この研究の大切な価値となっています。
2026年2月11日には、全国から収集したデータを関係者が確認し、教訓や今後の展開について議論する「Data Validation Meeting」が開かれ、日本側の研究チームやGHSに加え、UNICEF、ガーナ国内の各地域の保健担当者など、多様な立場の人々が参加しました。
この会合は単なるデータを確認する場ではありません。研究成果をどう現場に生かすかを話し合う、対話と協働の場でもありました。参加者はデータと現場の実感を照らし合わせながら、今後の分析の方向性や政策への応用について率直に意見を交わしました。
その結果、今回収集されたデータは概ね現場の実態を反映しているとの認識が共有されました。詳細な分析はこれからですが、例えば、母子手帳の活用による医療従事者のケアに関する説明の改善や、出生年月日および出生体重が記録されている割合の増加といった肯定的な影響が確認されました。他方で、医療提供者にとって、栄養に関する記録欄の理解・記入・解釈が難しいといった課題も明らかになりました。こうした成果と課題が可視化されたことで、今後の制度改善に研究データを活用できるのではないかという期待が示されました。
議論は、母子手帳のデザイン改善(基準値からの逸脱が分かるグラフの導入など)、手帳活用のための研修、記録の質を高めるモニタリング体制、ガイド類(User Guide・Management Guide)の活用促進と改定、将来の母子手帳のデジタル化の可能性など、実務に直結するテーマにも広がりました。こうした対話を通して、参加者同士が視点を共有し、共通認識を深めることができました。研究データの検証にとどまらず、現場の母子保健サービス改善に向けた新たな気づきが生まれたという点でも、大きな意義のある会合になりました。
GHSによる会合の報告記事
GHS/JICA Holds Validation Meeting on MCH-RB Impact Evaluation Survey Data | Ghana Health Service
Data Validation Meetingの様子
今後は、会合で確認されたデータをもとに分析を深め、現場で使いやすい形でインパクト評価の結果をまとめていく予定です。今回の取り組みが、母子手帳を通じた保健サービスの向上につながるとともに、「実社会に根ざした研究」を実現する一つのモデルとなることが期待されています。
研究チーム及びGHSとJICAの関係者
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.