平和構築・持続の新たなアプローチ「適応的平和構築」についての書籍出版記念シンポジウム開催

2023.09.22

武力紛争の予防や解決は、気候変動や自然災害、感染症といったさまざまな要因により、一層困難になってきています。これらが同時に発生して複合的なリスクとなり、さらなる武力紛争や難民・国内避難民の発生につながるケースも見られます。

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、研究プロジェクト「持続的な平和に向けた国際協力の再検討:適応的平和構築とは何か」を通して、紛争解決と平和構築に向けた現代の国際協力の在り方を探ってきました。その研究成果をオープンアクセスの書籍『Adaptive Peacebuilding: A New Approach to Sustaining Peace in the 21st Century』としてまとめ、2023年5月26日に出版記念シンポジウムを開催しました。

複雑性を増す現代の武力紛争

開会のあいさつでJICA緒方研究所の峯陽一研究所長は、現代の世界の平和を脅かす危機が複雑化し、武力紛争の形も変化してきていると見解を述べました。武力紛争が国家間よりもむしろ国家内で頻発するようになったことで紛争が一層複雑化し、国際機関が直面している課題として、国家という枠内で苦しむ人々への支援が一段と困難になっている点も示しました。峯研究所長は、現在の紛争は本質的に複雑であるがゆえに、適応的平和構築のアプローチが不可欠だと指摘しました。

JICA緒方研究所の峯陽一研究所長

JICA緒方研究所の峯陽一研究所長

文脈特化型・地域主導型の適応的アプローチによる紛争解決と平和持続へ

続いて、同書籍の編者の一人、ノルウェー国際問題研究所(Norwegian Institute of International Affairs: NUPI)のセドリック・デ・コニング教授が、この書籍で示された研究成果について説明しました。同書は、アフリカ、アジア、中東、ラテンアメリカにわたる5つの事例と2つの国別アプローチを取り上げ、あらかじめ決められた想定に基づく平和構築アプローチよりも、文脈に応じた平和構築アプローチの方が紛争予防・解決に有効なのかを検証しています。デ・コニング教授は、研究成果として次の4点を挙げました。
(1)トップダウン型・事前設計型のテクノクラート的平和構築アプローチは、文脈に応じた現地主導型の適応的平和構築アプローチに比べ、紛争解決や平和持続の効果が低い。
(2)最も効果的な文脈に応じたアプローチは、紛争影響下の人々が直面する現実、歴史、文化に根差したものだった。
(3)ケーススタディーで確認された適応的アプローチは、影響を受けたコミュニティーによる積極的な関与と参加が得られた場合に、一層有効だった。
(4)紛争の影響を受けた人々は、自身が平和の形成に関与していると感じる時、平和の持続に必要な制度・プロセスの存続に対する主体性と責任も感じていた。

ノルウェー国際問題研究所のセドリック・デ・コニング教授

ノルウェー国際問題研究所のセドリック・デ・コニング教授

モザンビークとシリアのケーススタディーから得られた教訓

同書の編者を務めた宮崎国際大学のルイ・サライヴァ講師(元JICA緒方研究所研究員)は、モザンビークに関する章で取り上げた研究成果を紹介しました。まず近年のモザンビークを概観し、同国はかつて平和構築の成功モデルと見なされていたものの、2012年にモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)とモザンビーク政府による小規模な武力紛争が再発し、2019年8月まで続いたことを説明。この紛争の再発により、過去の平和構築支援の脆弱性が露呈しており、平和構築の結果だけではなく、プロセスの促進、制度的な学習、文脈に応じたフィードバックに基づいた、より柔軟で適応的、効果的な平和構築のイニシアチブを採用する必要性が浮き彫りになったと述べました。サライヴァ講師は、適応的平和構築アプローチは複雑な武力紛争の影響を受けたコミュニティーに自己組織化やレジリエンス向上を促すため、トップダウン型・事前設計型の平和構築アプローチよりも有効な可能性があると論じました。

宮崎国際大学のルイ・サライヴァ講師

宮崎国際大学のルイ・サライヴァ講師

同書の編者を務めたJICA緒方研究所の武藤亜子専任研究員は、シリア紛争における外部主導の平和構築アプローチと現地主導の平和構築アプローチの課題と効果について発表しました。この研究成果は、シリア紛争で実施された平和構築のための介入プロセスを対象に、理論的研究と実践の分析を組み合わせて導き出したものです。武藤専任研究員は、外部主導の平和構築アプローチではシリアの当事者間が包括的な和平合意に至らなかったとし、その一方で「市民社会支援室(Civil Society Support Room: CSSR)」や「シリアの未来のための国民アジェンダ(National Agenda for the Future of Syria: NAFS)」のように、現地住民の主体性を尊重して彼ら自身による解決を促進する適応的平和構築アプローチは、対話の促進、ネットワークの構築、参加者間の信頼醸成につながる可能性があることが示されたと結論づけました。複雑なシリア紛争で暴力を減らし、和平に向けた環境を改善するには、適応的アプローチを促進し、多様な現地アクターを巻き込むため、外部アクターの協調的な取り組みが求められると論じました。

JICA緒方研究所の武藤亜子専任研究員

JICA緒方研究所の武藤亜子専任研究員

適応的平和構築プロセスの潜在的課題とは

シンポジウムの締めくくりとして、発表者3人に加え、日本大学の窪田悠一准教授とJICAガバナンス・平和構築部の室谷龍太郎平和構築室長も参加したパネルディスカッションが行われました。両名は、適応的平和構築プロセスに必要な費用・時間や、平和構築に携わる現地のアクターに求められるスキルなど、このアプローチが直面し得る潜在的な課題を取り上げました。また室谷室長は、適応的平和構築とJICAの平和構築のためのグローバル・アジェンダの類似性を指摘し、JICAは人間の安全保障の原則を通じ、武力紛争を防止し得るレジリエントな国家や社会づくりを目指していることを紹介しました。

さらに、会場やオンライン参加者からもさまざまな洞察に富む質問が挙がりました。グローバルな地政学が適応的平和構築のダイナミクスに及ぼす影響についての質問に対して、武藤専任研究員はグローバルな文脈が現地の文脈に多大な影響を及ぼしたことは確かであり、それが外部主導の平和構築アプローチが効果的に進まなかった理由だと応じました。その後も、発表者と参加者の間で活発な議論が交わされました。

平和構築の有望な方法論として、適応的アプローチの可能性を議論

平和構築の有望な方法論として、適応的アプローチの可能性を議論

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