セミナー「低中所得国における『がん』ケアの経済的負担とUniversal Health Coverage達成に向けた医療保障のあり方を考える」開催
2025.06.30
2025年4月11日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、セミナー「低中所得国における『がん』ケアの経済的負担とUniversal Health Coverage達成に向けた医療保障のあり方を考える 」を開催しました。第一線で活躍するグローバルヘルス分野の専門家が集まり、がんのケアに関する経済的負担の影響やこれを踏まえたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)の達成に向けた取り組みについて、制度上の格差、がん患者を過大な経済的負担から守るための政策づくりに向けた政策データの評価・測定手法、および政策デザインに焦点を当てて議論を行いました。
イベントの冒頭、モデレーターを務めたJICA緒方研究所の瀧澤郁雄 主席研究員は、低中所得国(Low- and Middle-income Countries: LMICs)でがん治療に関する危機が深刻化していると述べ、がん特有の長期間にわたる治療ニーズと保健システム内における連携の不備から、患者とその世帯に深刻な経済的負担が生じていると指摘しました。そして、このセミナーを通じて、がんのケアを取り巻く経済的課題と社会的課題の関連性について理解を深めてほしい、と期待を寄せました。
モデレーターを務めたJICA緒方研究所の瀧澤郁雄主席研究員
JICA緒方研究所の井田暁子 客員研究員(島根大学准教授)は、発表の冒頭で「がんは貧困問題である」と指摘しました。そして、サハラ以南のアフリカに関する分析の中で、LMICsでがん患者が増加している現状と、その社会・経済的インパクトを強調しました。井田客員研究員によれば、65歳未満のがん患者が増加傾向にあり、2030年までに世界のがんによる死亡者の4分の3がLMICsに集中すると見られています。しかし、技術の進歩やがん研究の恩恵は依然として高所得国に偏っており、医療資源が限られるLMICsでは、がんに関する知識とケアの両面で致命的な格差が生じています。
次に井田客員研究員は「経済毒性(financial toxicity)」という概念を紹介し、がんケアに関連する直接・間接の経済的負担と、経済的負担から生じる心理・社会的なストレスや苦痛を統合した概念として定義しました。ナイジェリアなどの国々では、がん患者を抱える世帯の86~95%が家計収入の10〜25%を超える莫大な医療費の自己負担(「破滅的医療支出」、Catastrophic Health Expenditure)を強いられており、一部の世帯では、治療費、交通費、その他の自己負担額の合計が年間5,000米ドルを超えるに至っています。井田客員研究員がブルキナファソで行った社会人類学的手法によるフィールド調査では、社会的な脆弱性が健康や家計面での負担の増加と関連しており、その逆も然りであること、また、この傾向は特に農村部や低所得世帯、紛争の被害世帯で顕著であることが明らかになっています。井田客員研究員は、がん対策をUHC達成への取り組みに統合し、がん患者を家計破綻から守る取り組みを強化するとともに、患者とその家族の声に耳を傾け、エビデンスに基づいたより良い保健政策の実現に向けてがん研究の対象をLMICsに広げる必要性を指摘して、発表を締めくくりました。
JICA緒方研究所の井田暁子客員研究員/島根大学准教授
世界の保健医療制度を専門とするトロント大学のべバリー・エシュー 准教授は、患者が安心してがん治療を受けるための医療保障の整備について、世界の現状を説明した上で、現状の改善には、政策の基盤となる基礎概念の定義や、関連データの測定基準、現状を数値化するためのツールの検討が重要であると強調しました。誰もが過大な経済的負担を負うことなく必要な保健医療サービスが受けられるとされるUHCをほぼ達成している国ですら、がん患者の多くは「破滅的医療支出」(Catastrophic Health Expenditure)を強いられており、治療による困窮というリスクに直面しています。エシュー准教授は東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国とインドの研究事例を紹介しながら、多様な保健医療制度の下で、がん患者が経済的な苦境に陥ったり、高額療養費の負担を理由に治療に消極的になったりする現状を説明しました。
エシュー准教授によれば、がん治療の費用負担を評価する際に使用される概念的な枠組みは、直接費(薬代、治療費など)、間接費(収入の損失など)、心理社会的費用(不安、家族関係への影響など)から成り立っています。また、「破滅的医療支出」や「治療による貧困化」といった鍵となる主要概念が存在しますが、測定方法が研究者間で統一されていないという課題があります。現在は、治療費の自己負担状況を評価するための費用負担日誌や、COST(Comprehensive Score for Financial Toxicity)が経済毒性の測定に使用される認定ツールとして存在します。最後にエシュー准教授は、がんによる経済的負担の全体像をより正確に把握するためには、一貫した方法論、測定方法の刷新、実践のためのコミュニティー(知識の共有と相互の学習を促進する協働ネットワーク)が必要である、と結論づけました。
トロント大学で世界の保健医療制度を研究するべバリー・エシュー准教授
ワシントン大学医学部・グローバルヘルス学部のデービッド・ワトキンス 准教授は、がん患者への経済的保護の観点を政策評価に盛り込む観点から、自身が取り組む「拡張費用対効果分析(Extended Cost-Effectiveness Analysis: ECEA)」における革新的取り組みについて発表しました。ワトキンス准教授は、従来の費用対効果分析(Cost-Effectiveness Analysis: CEA)には、健康増進(health gains)効果のみに基づいて政策的介入の優先順位を決める傾向があり、限界があると指摘しました。他方ECEAは、保健医療分野における政策介入の検討手順をモデル化するにあたり、経済的破綻からの保護と公正性というUHCが掲げる重要な政策的側面を取り入れています。
ワトキンス准教授は、ECEAを利用して「健康アウトカム」と「医療費の負担による困窮の回避」の両方を分析することで、健康保険や医療費給付制度などの医療費の経済的負担軽減策の効果も含めて政策オプションを検討することができると指摘しました。実際に典型的なアフリカの低所得国を想定し、16種類のがん対策に関する政策介入の分析を行ったところ、子宮頸がん治療のように健康改善効果と医療費の過大な自己負担による貧困化を防止する両方の効果が認められるものがあるほか、胃がん治療や卵巣がん治療など、健康改善効果は比較的低いものの、経済的保護の効果が高い治療が見受けられました。ワトキンス准教授は、ケアを受けられる人や地域の拡大と医療費の自己負担額削減の間にあるトレード・オフの関係を各国が評価する際に、ECEAのような動的なモデル化ツールが役立つことを実証しました。
ワシントン大学医学部・グローバルヘルス学部のデービッド・ワトキンス准教授
これらの発表に続き、JICA人間開発部の吉田友哉審議役がコメントしました。JICAによるがん対策関連分野への協力は、開発途上国政府からの要請が限られていたために限定的であったとしながらも、がんによる経済負担の増加により、今後は要請が増える可能性があると述べました。JICAはベトナム、パレスチナ、モルドバなどで、保健インフラの整備と保健人材の育成といった重点分野での協力を実施してきており、がん治療へのアクセス向上のためには財政面での課題についても検討する必要があると言及しました。また、今回示された保健財政制度におけるがん治療の位置づけに関する分析は有益であり、今後のLMICs向けの保健協力の事業設計において、これらの視点を取り入れることが不可欠だと強調しました。
JICA人間開発部の吉田友哉審議役
このセミナーの動画は以下のリンクから視聴できます。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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