『品質を追求しキルギスのブランドを世界へー途上国支援の新たな可能性「一村一品プロジェクト」』
1991年に独立後、経済が低迷していた中央アジアの山岳国キルギス。特に人口の7割が集中する農村・山岳地域では貧困化が進んでいました。そこで、山岳国ならではの素材を使った特産品を作り、地域の活性化とコミュニティーの再構築を目指して2007年から始まったのが、一村一品(One Village One Product:OVOP)プロジェクトです。JICAは、1980年前後に大分県で誕生した一村一品運動を活用した地域振興の取り組みを全世界で展開していますが、キルギスではとりわけ大きな成果を挙げました。本書は、2009年から同プロジェクトにかかわってきたJICA専門家の原口明久氏が、その軌跡をまとめたものです。
まずOVOPプロジェクトの対象地域に選ばれたのは、湖があり、風光明媚なイシククリ州。ソ連時代から避暑地として人気があり、高い観光ポテンシャルがありながらも開発が進んでいませんでした。この地を皮切りに、農産物を活用した商品開発・販売を通して、経済の活性化を目指すことになったのです。
特産品のメリノウールを使ったフェルト製品、エスパルセットという花だけから採ったはちみつ、奇跡の果実と呼ばれるシーバクソンの果実を絞った美容オイル、新鮮な馬肉を風味豊かにスモークした腸詰、ポリフェノールたっぷりのザクロ100%の丸絞りジュース、ワイルドピスタチオをコールドプレスで絞った100%オイル・・・。OVOPプロジェクトで生まれたのは、キルギスだからこその天然資源や農産物を生かした、唯一無二の価値を持つ商品たちでした。それまでは一次産品として低価格で周辺国に出荷されるだけだった素材をキルギスの人々の手で加工し、品質を高め、パッケージやデザインを工夫し、さらに、地域の文化や伝統に根付いた商品の背景にあるストーリーもセットにすることで、高い付加価値がついた商品として開発・生産・販売ができるようになっていったのです。また、ビジネスとして持続的な運営ができるよう、OVOPに関わる生産者の組合、品質基準にそって商品を評価・認定する「ブランド委員会」、運送やデザインといったさまざまなビジネスのサービス支援を担う組織「OVOP+1」を立ち上げるなど、キルギスの人々の経済的自立を促すサイクルの構築にも取り組みました。
こうしてOVOPプロジェクトによる「Made in Kyrgyzstan」の商品は、キルギス国内での販売に加え、ヨーロッパや日本へも輸出されるまでになりました。日本では、プロジェクト初期から生産が始まった無印良品ブランドのフェルト商品が、今も変わらぬ人気を誇っています。2023年には、キルギス政府は一村一品運動を国家プロジェクトとすることを決定。今ではキルギス全土に広がり、生産される商品数は700種類以上、生産者は3,500人を超えました。さらに、隣国のカザフスタンやタジキスタンでもJICAによるOVOPプロジェクトが始まり、日本発祥の一村一品運動を活用した経済発展が中央アジアを中心に花開こうとしています。
いかに開発とビジネスをつなげ、その地域が持続的に発展できる仕組みをつくるか―。部族の結束が強く赤の他人との協働は苦手、個人主義、貯金はしない、季節によって何種類もの仕事をかけもちするのが当たり前のキルギスで、著者が試行錯誤の末に導き出した“キルギスモデル”には、そのためのたくさんのヒントが散りばめられています。
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