人間の安全保障指標で課題を可視化し一人一人が尊厳を持てる世界を—ナレッジフォーラム第7回開催

2021.05.06

2021年3月31日、JICA緒方貞子平和開発研究所ナレッジフォーラム(第7回)「危機の時代に問い直す『人間の安全保障』~尊厳の可視化から捉える日本と世界〜」がウェビナー形式で開催されました。

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、2020年11月に英文書籍『SDGs and Japan: Human Security Indicators for Leaving No One Behind』を発刊しました。同書は、NPO法人「人間の安全保障」フォーラム理事長/国連事務総長特別顧問の高須幸雄氏とJICA緒方研究所が、『全国データ SDGsと日本 誰も取り残されないための人間の安全保障指標』(明石書店)を共同で英訳したものです。これを記念した今回のナレッジフォーラムでは高須氏を招き、尊厳に焦点を当てながら人間の安全保障について議論しました。

人間の安全保障についての議論を深めたいと語ったJICA緒方研究所の高原明生所長

まずJICA緒方研究所の高原明生所長が、「人間の安全保障の概念は、一人一人が尊厳をもって生きる権利を有する世界をつくるという持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の根幹であり、その重要性は言うまでもない。しかし、コロナ禍という新たな危機の時代に照らして、改めて人間の安全保障を取り巻く課題や、人間の尊厳と今後の政策・事業の在り方について議論を深めたい」とあいさつしました。

続いて基調講演を行った高須氏は同書を発刊した理由を挙げ、「SDGsが国連で採択された2015年に私は国連事務局で勤務していたが、帰国した2017年当時、日本ではSDGsが主として国際協力の観点でしか捉えられていないことに驚いた。SDGsは開発途上国だけでなく先進国の課題も含み、つまり日本自身の課題でもあること、また、SDGsは一人一人の視点から自分自身や社会・地球を見つめ直すもので、SDGsの真の意味は各人の尊厳の確保を目指す点にあることについての理解を広げたかった」と述べました。

基調講演を行ったNPO法人「人間の安全保障」フォーラム理事長/国連事務総長特別顧問の高須幸雄氏

さらに高須氏は、SDGsは17の目標、232の指標を達成すること自体が目的ではなく、誰も取り残されない社会を目指すことこそ目指すべき理念であると指摘。同書では91の人間の安全保障指標を設定し、日本の47都道府県レベルで統計データを集めて総合的に比較することで、誰がどこでどう取り残されているかを可視化する新しいアプローチを実践したことを紹介しました。特に、数値化が難しい「人間の尊厳」の可視化を試みるとともに、客観的データに加えて自己充足度、孤立、社会的連携性などの主観的な評価を取り入れたことが画期的であり、「人間の安全保障指標はSDGsの理念をローカライズするためのテンプレートになった」と強調しました。具体的には、命や健康分野の「命の指標」、経済や雇用、教育などの分野の「生活指標」、子どもや女性に対する暴力や公的セクターに対する信頼などの分野の「尊厳の指標」をそれぞれ指数化して比較。その結果、北陸から中部にかけて総合指数が高く、東北・北海道などが低くなったものの、例えば客観的な総合指数で富山県は全国2位でも主観的な指標による自己充足度は38位と、客観的な指標と主観的な指標の結果に大きな乖離が見られたことも説明しました。高須氏は、できるだけ住民に近い市区町村レベルでの調査が肝要だと宮城県の35市町村での指標も紹介した上で、「尊厳の測定は国連開発計画(UNDP)から高い評価を受けたほか、人間の安全保障指標をアフリカや中南米などに展開する動きもある。SDGs達成のためには、データによってエビデンスを示すことが欠かせない」と結論づけました。

続いて、高須氏、高原所長、ファシリテーターを務めたJICA緒方研究所の武藤亜子上席研究員によるトークセッションが行われました。高原所長からの「平和と豊かさがベースにあってこそ人間の尊厳が実現できると思うが、現在の国際関係を見渡すとその平和が維持できるのか否かという局面にあるのでは」との指摘に対し、高須氏は「根源的な難しい問題だが、国家の安全保障と人間の安全保障は両立し、補完しあう。民主主義の後退ともいわれる障害が多い時代だからこそ、全ての人の“命、生活、尊厳”の確保を目指す人間の安全保障の視点が必要とされている」と応じました。さらに高須氏は、「尊厳は、人間としてこの世に生まれてきたこと自体に譲り渡すことのできない価値がある、という考えから出発している。これをどう測定するのかはまさに挑戦で、こういった分野の統計は市町村レベルではデータがとりにくいのが現状。しかし、エビデンスの重要性を認識し、地域ごとの優先課題を知り、解決策を見つけていくことが重要であり、これは国際協力の分野にも応用できるはず」とし、高原所長も「人を評価する基準が多様であれば、一人一人が自分に誇りを持てる社会の実現につながるのではないか」と述べました。

高須氏、高原所長、JICA緒方研究所の武藤亜子上席研究員によるトークセッション

参加者からの質疑応答では、「人間の尊厳を守る社会の実現にはどのようなインフラ・制度の整備が必要か」「政府が自国民を守らないケースに人間の安全保障を当てはめるとどう考えられるのか」など、さまざまなテーマで意見交換が行われました。

【JICA緒方貞子平和開発研究所ナレッジフォーラム】
国際開発に関心をもつ多様な関係者が定期的に集い、自由闊達に議論する場として、JICA緒方貞子平和開発研究所が2019年1月に立ち上げました。国際開発動向や開発協力に関する内外の知見を多様な関係者で共有・相互学習し、新しいアイデアを生み出していくKnowledge Co-Creation Platformとして機能することを目指しています。

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