JICA緒方研究所

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現在の世界の危機の連鎖の中でJICA緒方研究所レポート「今日の人間の安全保障」を読み解く—創刊記念シンポジウム開催

2022年6月2日

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、定期刊行のフラグシップ・レポートとして、JICA緒方研究所レポート「今日の人間の安全保障」を2022年3月に創刊しました。

2022年4月26日には、同レポートの創刊を記念するシンポジウムがオンラインで開催されました。これは、国連開発計画(UNDP)とJICA緒方研究所が人間の安全保障をテーマに共催したウェビナーシリーズの第2回です。

今日の人間の安全保障とは?

開会のあいさつを述べた田中明彦JICA理事長

冒頭、田中明彦JICA理事長が開会のあいさつとして、「さまざまな脅威が連鎖している今ほど、人間の安全保障が必要な時はない。JICAは人間の安全保障をミッションに掲げて活動を続け、2019年には変化する時代を反映した新しい課題に対応するため、『人間の安全保障2.0(新時代の「人間の安全保障)」を発表した。今回創刊したJICA緒方研究所レポートによって、時代の変化も踏まえた人間の安全保障の今日的意義を世界に発信し、議論や実践を喚起したい」と期待を寄せました。

JICA緒方研究所の牧野耕司副所長が今日の人間の安全保障について講演

続いて、同レポートで「今日の人間の安全保障と開発協力」の章を執筆したJICA緒方研究所の牧野耕司副所長が登壇。「人間の安全保障は難しいとよく言われるが、コアはシンプル。子どもが死なない、病気が広がらない、職を失わない、暴力や紛争がない、というように、さまざまな脅威に対する弾力性のある(レジリエントな)社会を創ることで、人々の暮らし、命、尊厳を守るという考え方だ」と定義を述べました。また、人間の安全保障のアプローチは、政府のトップダウン的な保護と、人々や市民社会のボトムアップ的なエンパワメントを組み合わせる必要があると説明しました。現在は、紛争や暴力、感染症、貧困などの従来型の脅威に加え、コロナ禍や気候変動、科学技術の光と影などの今日的な脅威によって、危機の上に危機が重なっている状態とし、人間の安全保障の重要性を強調。新しい脅威に対する人間の安全保障の意義を示すとともに、企業が経済利潤と社会貢献の双方を追求する共通価値の創造やデジタル・トランスフォーメーションなども紹介しつつ、新たな開発の在り方についても展望しました。

続いてビデオメッセージが上映され、武藤亜子上席研究員はJICA緒方研究所の人間の安全保障研究を振り返った「人間の安全保障研究の歩み」の章について、花谷厚主任研究員は人間の安全保障がアフリカ側でどのように受け止められてきたか「アフリカにおける人間の安全保障の実践と課題」の章について、原田徹也上席研究員はタジキスタンの出稼ぎ移民による本国家族への送金がコロナ禍で果たした役割について論じた「移民送金と人間の安全保障」の章について、牧本小枝主席研究員はコロナ禍における健康安全保障(ヘルスセキュリティー)の実態を考察した「新型コロナウイルス感染症と保健」の章について、それぞれ概要を紹介しました。

さらに、「新型コロナウイルス感染症と人間の安全保障」の章を寄稿した公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金の國井修CEOは、「コロナ禍で先進各国は自国優先主義となり、脆弱層には支援が届かなかった一方で、1年以内にワクチンが開発され、リアルタイムでデータが活用されるなど、科学技術の進歩・発展も目の当たりにした。今後は、人間を中心に置いた人間の安全保障の概念を再構築し、具体的なアクションにつなげる仕組みづくりが求められる」とメッセージを寄せました。

人間の安全保障と開発協力をテーマに議論

パネルディスカッションではさまざまなテーマで議論

続くパネルディスカッションでは、JICA緒方研究所の高原明生研究所長をモデレーターに、国連開発計画(UNDP)の近藤哲生駐日代表、同志社大学の峯陽一教授(JICA緒方研究所客員研究員)、JICA企画部国際援助協調企画室の岩間望室長、牧野副所長がパネリストとして参加。人間の安全保障をどう捉え、実践しているか、また、個人個人のエンパワメントや尊厳をどう考えるか、といった議題で活発な議論が行われました。

近藤代表は、UNDPが2022年2月に発表した「人間の安全保障特別報告書~人新世の時代における人間の安全保障への新たな脅威~」を紹介しつつ、「経済開発ばかりを重視してきた結果、気候変動や暴力的紛争、感染症などの新たな脅威が増す中で、多くの人が不安を感じているという開発のパラドックスが起きている。開発が進むことによる不平等の拡大と地球へのインパクトに配慮する視点が必要」と述べました。

また、峯教授は「人間の安全保障は30年にわたって進化し、紛争への介入にとどまらず、より包括的に理解されるようになった。多次元的な脅威に対しては、複合的で、人々が主体となったボトムアップでの対処、そして世界の知恵の結集が求められる。また、人間の安全保障の鍵となるのは、尊厳の実現。自分や他者を大事にし、尊厳を奪われている人へのまなざしを忘れてはならない」と述べ、人間の安全保障指標も紹介しました。岩間室長は、人間の安全保障分野ではベトナムでの保健システム強化支援や気候変動対策支援、尊厳とエンパワメント分野ではタイでの人身取引被害者支援、コロナ起因の学習・雇用ロス支援、ウクライナ公共放送局への組織体制強化支援などの事例を挙げながらJICAの取り組みを説明しました。牧野副所長は「社会全体のレジリエンスを高めることが必要。前向きな視点ばかりではなく、ダウンサイドリスクを分析した上で政策立案や研究を進めていく必要があるのではないか」と指摘しました。

こうした議論をふまえて高原研究所長は、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は17の目標と169のターゲットがあり、レンガで理想の家を積み上げていくイメージ。一方の人間の安全保障は、世界中で苦しみ悩む人間たちが共感しあい、連帯し、手をたずさえて共に行動することを促す考え方ではないか」と締めくくりました。

参加者からの質疑応答では、「コロナで取り残される人々のエンパワメントをどう進めるのか」、「自分の尊厳と他者の尊厳が対立したときはどうするのか」、「ビジネスの現場における人権の保護にどう取り組むか」といった質問が寄せられ、議論を深めました。最後に外務省の赤堀毅地球規模課題審議官より、「当レポートはJICAが故緒方貞子氏のリーダーシップのもとで推進してきた人間の安全保障の取り組みを総括するもので、我が国の開発協力の基本姿勢を再確認する上でも意義深い。今後も国際社会における人間の安全保障の議論と実践に積極的に貢献していきたい」と閉会のあいさつがあり、シンポジウムは幕を閉じました。

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