【天目石慎二郎上席研究員コラム第1回】アフリカの発展と食料安全保障・農業開発
2024.12.03
JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、アフリカでの農業開発などの研究に関わる天目石慎二郎上席研究員が以下のコラムを執筆しました。
著者:天目石 慎二郎
JICA緒方貞子平和開発研究所 上席研究員
アフリカでは食料安全保障や農業開発は長年にわたる大きな課題です。2000年以降、アフリカ大陸は経済成長のステージに移行し、多くの社会経済指標が改善傾向にあります。しかし、食料安全保障や農業開発では未だに目覚ましい進展は見られず、将来はより厳しい状況に陥ることが懸念されています。その脆弱さ故に、2024年11月現在、南部アフリカでは干ばつにより2,700万人弱が飢餓に、2,100万人の子供が栄養不良に陥っており、国連世界食糧計画は緊急支援を呼び掛けています(WFP HP)。食料安全保障や農業開発はアフリカ各国のみならずJICAを含む開発パートナーが連携して高い優先度を置いて取り組んでいくべき課題です。
本コラムでは、食料安全保障・農業開発を通じたアフリカの健全な発展について(1)今後の食料安全保障、(2)若年層の雇用創出、(3)ジェンダー平等と農村女性のエンパワーメントの切り口から3回に分けて論じていきます。
今回は(1)今後の食料安全保障です。
アフリカでは2000年以降、栄養不良人口が減少傾向にありましたが、2014年を境に上昇に転じ、現在でも6割弱の人達が極度・中程度の食料不安に直面しています(図1:FAO, IFAD, WFP, UNICEF, WHO 2024)。現在はアジアが世界で最も栄養不良人口(総数)が多い地域ですが、近い将来アフリカがアジアを抜くことが確実視されています。
図1:地域別の食料不安(Food Insecurity)人口の割合の推移
出典:FAO, IFAD, UNICEF, WFP, WHO. (2024)
かつてアジアはアフリカとともに食料不足に直面していました。1960年当時はアジアとアフリカの主要穀物の生産性にさほど違いはありませんでしたが、アジアでは1960年代後半以降は改良品種の開発・導入と栽培技術の普及による緑の革命により、コメ、コムギを中心に生産性・生産量の飛躍的向上を実現しました。アジア諸国では新たに開発された収量や耐病性等に優れた改良品種の導入と栽培技術の普及が奏功したのです。一方、アフリカでは生産性の伸びが十分とは言えず、多くの国の主食であるメイズ(トウモロコシ)、近年経済発展に伴い需要の伸長が著しいコメはアジアより生産性が劣る状況にあります(図2)。
図2:アフリカとアジアの主要穀物の生産性の推移
出典:FAO Statを基に筆者作成
降雨量や土地の肥沃度等、農業環境に制約があるアフリカでは、元々多くの国が食料を輸入に依存しています。アフリカの穀物の輸入依存度は2018‐2020年では30.6%に及び、その割合は上昇傾向にあります(FAO 2023)。近年はCOVID-19による食料サプライチェーン及びマーケットの混乱(2020年~)やウクライナ侵攻(2022~)により世界的に食料価格が高騰しましたが、輸入依存度の高いサブサハラアフリカ(SSA)は特に深刻な影響を受けました。2020年から2022年の間に主食の価格が平均23.9%上昇し(IMF Blog)、2022年には一時「アフリカ食糧危機」が叫ばれました。その後ウクライナからの穀物輸出回復などもあり、現在は当時のような危機的な状況下にはないものの、食料事情は非常に脆弱な状況にあります。依然アフリカにとって食料安全保障は大きな課題なのです。
将来のアフリカの食料安全保障を考えると、まず懸念されるのが人口増加です。国連はSSAの人口は2022年の11.52億人から2050年には20.94億人とほぼ倍になり、同期間の世界の人口増の半分以上がSSAで起こると予測しています(UN Department of Economic and Social Affairs 2022)。FAO(2017)は、2050年にアフリカ及び南アジアの食料需要を満たすには両地域の農業生産を2005/2007年比で倍以上にする必要があると指摘しています。気候変動の影響も懸念されます。地球温暖化により、高緯度地域では農業生産に正の影響を受ける地域がある反面、SSAのような低緯度地域では負の影響が極めて大きく、干ばつ、降雨パターンの変更・降水量減少、洪水等の異常気象により農業生産は深刻な影響を受けるとみられています。さらに、経済成長に伴う食の多様化も影響を与える可能性があります。経済発展に伴いアフリカでも中間層、富裕層が増えつつあります。アジアでは経済発展に伴い穀物飼料などを必要とする肉・乳製品の需要が拡大していますが、アフリカでも今後食の多様化の流れが顕在化することが考えられます。
では、将来アフリカの食料事情はどうなるのでしょうか?Beltran-Peña et al (2020)は2100年時点の世界の食料自給を予測しています。将来の食料事情に大きな影響を与える3つの要因(①気候変動の影響、②動物性カロリーの摂取、③人口変動)につき、(シナリオ1)Sustainability(①温室効果ガス排出抑制、②健康面に意識した肉類の消費抑制、③人口増加の抑制、のそれぞれの取組が進展)、(シナリオ2)Middle-of-the-Road(①、②、③の取組が中程度進展)、(シナリオ3)Business-as-Usual(①、②、③とも意識した取組なし)の3つのシナリオに分けて予測した結果、どのシナリオの場合でもアフリカでは食料を自給できず現在より状況が悪化すると指摘しています(図3)。このままでは将来アフリカの食料事情は危機的な状況に陥ることが懸念され、中長期的な視点から必要な方策を講じていくことが求められます。
図3:現在及び2100年の食料自給率
出典:Beltran-Peña et al. (2020)
そのためには、まず自国での農業生産を高めるため、農業セクター開発に注力する必要があります。アフリカ連合では、アフリカ各国政府予算の最低10%を農業セクターに配分することを掲げていますが、アフリカ平均で2.55%(2020年)にとどまっています(FAO Stat)。これは教育向け予算の1/5以下、保健向け予算の1/2以下に過ぎません。東アジア(現東南アジアを含む)では緑の革命時の1980年代前半には農業セクター向け予算が国家予算の10%を占めた(WB 2020)ことからも、その少なさは明らかです。特に農業生産においては、農業普及や研究向け予算の少なさが影響を与えています。農業普及に十分な予算措置がなされれば、より有効性の高い適正栽培技術を広めることができます。また、農業研究への投資は農村開発向けの投資の中で最も効果(リターン)が大きいと言われていますが(FAO HP)、アフリカ各国の農業研究向け予算が極めて小さく、アフリカ連合が目標に掲げる農業セクターGDPの1%の支出を達成した国は8か国に過ぎません。研究開発と普及は外部支援を受け継続的な取組が求められています(AU and AUDA-NEPAD 2024)。
JICAではアフリカの食料安全保障の推進に向けて様々な協力を実施していますが、その一つにアフリカでコメ生産倍増を目指す「アフリカ稲作振興のための共同体(Coalition for African Rice Development: CARD) 」があります。2008年にJICAと「アフリカ緑の革命のための同盟(Alliance for a Green Revolution in Africa: AGRA) 」を中心に立ち上げたCARDは、現在アフリカ32か国を対象にJICAやAGRAを含む計19機関が推進する国際的なイニシアティブとなりました。CARDではアフリカ各国で適正稲作技術の開発・普及等の取組を推進していますが、学術研究を通じてその有効性が示されています。緒方研究所では2009年より大塚啓二郎教授を中心にCARD研究を進めています(CARD研究HP参照 )。これまでの研究を通じて、稲作研修が生産性に重要かつ持続的な効果をもたらすこと、研修を受けた農家から周辺農家に効果が波及すること、耕うん機(Power Tiller)の導入が生産性向上や生産規模拡大に貢献すること、改良精米機の導入が輸入米と競争できる高い品質の精米の実現と精米業者の業績改善に繋がることなど、数多くの取組の有効性を示してきました。研究成果をいかに現場の活動に生かしていくかは大きなチャレンジです。
アフリカの食料安全保障は待ったなし。アフリカ各国のリーダーシップの下、開発パートナー、民間セクター、研究機関等がともに力を合わせて優先課題として長期的視点をもって取り組んでいく機運の醸成が求められています。
FAO HP:Research and Extension.
IMF Blog:Africa Food Prices are soaring amid high import reliance (September 27, 2022)
WFP HP: Emergency: Southern Africa drought
African Union (AU) and African Union Development Agency (AUDA-NEPAD). 2024. 4th CAADP Biennial Review Report 2015-2023.
Beltran-Peña, Areidy, Lorenzo Rosa and Paolo D’Odorico. 2020. “Global food self-sufficiency in the 21st century under sustainable intensification of agriculture” Environmental Research Letters 15 (2020) 095004
FAO. 2017. The future of food and agriculture: Trends and challenges
FAO. 2023. FAO Statistical Yearbook World Food and Agriculture 2023
FAO, IFAD, UNICEF, WFP, WHO. 2024. The State of Food Security and Nutrition in the World: Financing to End Hunger, Food Insecurity and Malnutrition in All its Forms
UN Department of Economic and Social Affairs. 2022. World Population Prospects 2022
WB. 2020. Agriculture, Jobs and Value Chain in Africa. Jobs Note issue No.9
※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。
■プロフィール
天目石 慎二郎(あまめいし しんじろう)
1994年にJICAに入構し、プロジェクト専門家(ラオス)、国連食糧農業機関(FAO)アジア・太平洋地域事務所、農村開発部、タンザニア事務所、ケニア事務所、経済開発部などを経て、2023年から現職。主な研究領域は、アフリカ農業開発、農業政策、参加型開発、援助協調。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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