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【天目石慎二郎上席研究員コラム第3回】アフリカの発展と食料安全保障・農業開発:ジェンダー平等と農村女性のエンパワーメント

2024.12.09

JICA緒方貞子平和開発研究所には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、アフリカでの農業開発などの研究に関わる天目石慎二郎上席研究員が以下のコラムを執筆しました。

著者:天目石 慎二郎
JICA緒方貞子平和開発研究所 上席研究員

アフリカでは食料安全保障や農業開発は長年にわたる大きな課題です。アフリカでは、食料・農業システムへの農村女性の積極的かつ平等な参画が叫ばれています。アフリカでは女性の就業人口の半分以上(2021年:53.2%)が農業セクターに従事しています(ILO Regional Office for Africa 2020)。また、農業セクターは男性中心のイメージがありますが、アフリカ農業は女性の役割の大きさが特徴であり、農業・食料システム上の女性の農業及び農外就業の割合は世界で最も高い50%を占めています(図1(*))。アフリカでは今後急激に増加する就業人口を健全な経済発展に繋げていくためにも、農業・食料システムにおける農村女性の積極的かつ平等な参画が必要となります。

図1:世界の農業・食料システム上の農業及び農外就業における女性の比率 出典:FAO. (2023) (*)図1のSub-Saharan Africa(SSA)の欄参照。SSAは農業(Agricultural employment)、非農業(Off-farm AFS employment)ともに農業・食料システムにおける女性従事者の割合が全世界で最も高い

図1:世界の農業・食料システム上の農業及び農外就業における女性の比率
出典:FAO. (2023)
(*)図1のSub-Saharan Africa(SSA)の欄参照。SSAは農業(Agricultural employment)、非農業(Off-farm AFS employment)ともに農業・食料システムにおける女性従事者の割合が全世界で最も高い

農村女性は、農業、加工業者、賃金労働者、貿易業者、消費者として食料システムのあらゆる部分で重要な役割を担っており、食料システムの変革には、ジェンダー平等や農村女性のエンパワーメントが不可欠となります(UN Food Systems Coordination Hub 2023)。しかし、アフリカではこの取組が大きく遅れています。過去20年以上アフリカ連合(African Union: AU)を中心に推進する「包括的アフリカ農業開発プログラム(Comprehensive Africa Agriculture Development Programme: CAADP)」では、取組の一つに農業ビジネスへの女性の参画を掲げていますが、進捗を示すスコア(注)は10点満点中2.23(On trackの基準値は9.00)と大きく遅れています(AU and AUDA-NEPAD 2024)。

アフリカでは農業生産活動において女性が土づくり、播種・植え付け、栽培管理、収穫といった負荷のかかる農作業で重要な役割を果たしています。しかし、男性農業者と比べ女性農業者の生産性は大きく劣り、男女間格差は4~40%(Djurfeldt et al. 2018)とも4~28%(Puskur et al. 2023)とも言われています。生産性の男女間格差の要因として、土地所有上の制約(不平等な土地保有制度・所有権)、農業投入財(化学肥料、改良種子、農薬他)の使用率の低さ、技術普及サービスや農業金融へのアクセスの低さが挙げられています。女性農業者が直面するこれら制約が解消されれば、農業生産性は男性農業者と同程度となる可能性があると言われています(Mukasa et al. 2016、Adebayo et al. 2024)。また、女性農業者は男性農業者と比べ気候変動や自然災害といったショックやストレスに脆弱で、生計に対する影響も大きいと言われています(FAO 2023)。これも、土地、時間、労働力、情報、技術など必要な資源へのアクセスが限られ、男性よりも適応の選択肢が少ないことに起因しています。人間の安全保障/食料安全保障の観点からも農業生産におけるジェンダー不平等の打破が求められています。元来農村女性は家庭では料理、育児、水汲み、薪集めなど多くの家事を担っており、特に女性農業者の場合はその仕事量は男性農業者を上回ります(Adebayo et al. 2024)。農村女性の活躍が可能となるように、世帯内、農業生産コミュニティのそれぞれにおけるジェンダー平等の意識浸透を図っていく必要があるのです。

アフリカの農村女性は農業バリューチェーンにおいても不利益を被っています。農村女性は、地元市場への生産物の出荷以降、農業バリューチェーンで最も収益性が高いステップである輸送、マーケティング、販売への関りが少ないため、十分な利益が得られていません。農業バリューチェーンに農村女性の関りが低い要因として、技術・情報へのアクセスの問題、教育レベルの低さ、資産やネットワーク上の問題、コミュニティにおける責任の低さなどが指摘されています(Ola 2020、Abadeyo et al. 2024)。ジェンダーに起因する農村女性の参画を阻む障壁を取り除くことにより、農業生産にとどまらず、農業関連産業に刺激を与え、広範なバリューチェーンのそれぞれのステップにおける活性化が期待されています。

JICAによるジェンダーの視点を取り入れた取り組みに市場志向型農業振興(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion: SHEP)アプローチがあります。SHEPアプローチは、小規模農家を対象にビジネスとしての農業の推進と人々のエンパワーメントと動機付けを2つの柱とし、これまでにアフリカ30か国で256,546名の小規模農家に恩恵をもたらしています(Kitajima 2024)。農家自身が主体性をもって自らの営農や市場の状況を調査し、調査結果に基づき生産作物の種類、栽培時期、販路などを決定するのが特徴です。ジェンダー主流化もSHEPの重要な取組です。緒方研究所では、2015年からSHEPアプローチの研究 を実施しています(以下SHEP研究HP)。Shimizutani et al.(2021) はケニアを対象にSHEP農家では2年間で園芸収入が平均70%増加したこと、特に世帯主が女性、低学歴、高齢の脆弱な農家で収入増が顕著でそれまでの市場経験は無関係であることを明らかにしました。また、Nomura et al.(2024) は、エチオピアを対象にSHEPプロジェクトで実施する男女共同参画研修により世帯内にて夫婦共同での意思決定が促進されていること、夫婦共同での意思決定が園芸収入の増加をもたらす可能性があることを示唆しました。SHEPアプローチは小規模農家の主体性や能力を高めることにより「考える農家」の育成に貢献していますが、ジェンダーの観点からも正のインパクトを与えていることが学術面からも示されました。

最近はジェンダー平等にとどまらない女性のエンパワーメントや制度改善の重要性につき認識の高まりが見られます。男性と同等の機会を得られるようにすることにとどまらず、農村女性が活躍できるようにエンパワーメントに取り組む必要があるのです。まずは、あらゆるレベル(家庭、コミュニティ、食料システム)において女性の影響力と役割、リーダーシップの向上を進めていく必要がありますが(Njuki et al. 2022)、持続的な変化をもたらすためには、ジェンダーギャップの解消にとどまらず不平等を生み出す構造的な制約を取り除くことが求められています。インフォーマル(ジェンダー規範)、フォーマル(規制、法律、政策)、セミフォーマル(統計、データシステム等)に存在するより深い不平等を生み出す構造的な根本原因 に取り組む必要があるとの認識が高まりつつあります(McDougall et al. 2023)。

今後も引き続き、数多くの農村女性にアプローチできるように、個々の取組を地道に進め成果を挙げていくことが何より重要となりますが、社会的背景に起因する農村女性の活躍を阻害する制度・制約にもアプローチし、将来農村女性が能力を発揮する社会にしていくことが、アフリカ農業開発には必要となるのです。AU、アフリカ各国政府、JICAを含む開発援助機関には農業におけるジェンダー平等と女性のエンパワーメントにより優先度を置いた取組が求められます。

(注)CAADPのレビューでは、項目毎に10を最高値としてスコア化し進展を評価しています。On trackの基準は項目によって異なり、レビュー毎に見直しています。

参考文献

Adebayo, Johnson A. and Steven H. Worth. 2024. “Profile of women in African agriculture and access to extension services” Social Science and Humanity Open. 9(2024)
African Union (AU) and African Union Development Agency (AUDA-NEPAD). 2024. 4th CAADP Biennial Review Report 2015-2023.
Djurfeldt, Agnes Andersson, Fred Mawunyo Dzanku and Aida Cuthbert Isinika, 2018. “Agriculture, Diversification, and Gender in Rural Africa”.
FAO.2022. Statistical Yearbook World Food and Agriculture 2022
FAO. 2023. The Status of Women in Agrofood Systems
Kitajima, Harue. 2024. “Introduction of Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion (SHEP) Approach as an Innovative Agricultural Extension Model” African Journal of Food, Agriculture, Nutrition and Development. Volume 24. No 3.
ILO Regional Office for Africa. 2020. Report on Employment in Africa 2020
McDougall, Cynthia, Marlène Elias, Desiree Zwanck, Karen Diop, Johana Simao, Alessandra Galiè, Gundula Fischer, Humphrey Jumba and Dina Najjar. 2023. “Fostering gender-transformative change for equality in food systems: a review of methods and strategies at multiple levels” CGIAR GENDER Impact Platform · Working Paper #015
Mukasa, Adamon N. and Adeleke O. Salami. 2016. “Gender equality in agriculture: What are really the benefits for sub-Saharan Africa?” African Development bank (AfDB) Africa Economic Brief. AEB Volume7 Issue 3.
Njuki, Jemimah, Sarah Eissler, Hazel Malapit, Ruth Meinzen-Dick, Elizabeth Bryan and Agnes Quisumbing. 2022. “A review of evidence on gender equality, women’s empowerment, and food systems” Global Food Security 33 (2022) 100622
Ola, Kehinde Oluwpole. 2020. “Micro-determinants of women’s participation in agricultural value chain: Evidence from rural households in Nigeria”.
Puskur, Ranjitha, Humphrey Jumba, Bhim Reddy, Catherine Ragasa, Linda Etale, Steven Cole, Anvi Mishra, Margaret Najjingo Mangheni and Eileen Nchanji. 2023. “Closing Gender Gaps in Productivity to Advance Gender Equality and Womens Empowerment”. CGIAR Gender Impact Platformm Working Paper #14
Shimizutani,Satoshi, Shimpei Taguchi, Eiji Yamada and Hiroyuki Yamada. 2021. “The Impact of “Grow to Sell” Agricultural Extension on Smallholder Horticulture Farmers: Evidence from a Market-Oriented Approach in Kenya” Keio-IES Discussion Paper Series. Institute for Economic Studies, Keio University.
United Nations Food Systems Collaboration Hub. 2023. Synthesis Report of the Regional Preparatory Meetings for the UN Food Systems Summit +2 Stocktaking Moment


※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■プロフィール
天目石 慎二郎(あまめいし しんじろう)
1994年にJICAに入構し、プロジェクト専門家(ラオス)、国連食糧農業機関(FAO)アジア・太平洋地域事務所、農村開発部、タンザニア事務所、ケニア事務所、経済開発部などを経て、2023年から現職。主な研究領域は、アフリカ農業開発、農業政策、参加型開発、援助協調。

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