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【貝塚ジェームズ研究員コラム】ABEイニシアティブ参加者による直接のコミュニケーション「Africa Direct」が日本とアフリカのビジネス連携を促進

2025.12.03

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、研究プロジェクト「日本のビジネスをアフリカのビジネスに:ABEイニシアティブのインパクトを探る 」に携わる貝塚ジェームズ 研究員が以下のコラムを執筆しました。

著者:貝塚ジェームズ研究員 JICA緒方研究所

写真:それぞれの経験を共有するABEイニシアティブ参加者たち

それぞれの経験を共有するABEイニシアティブ参加者たち

「直接!」
これは、任天堂の人気ゲーム「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」シリーズの生みの親である宮本茂氏が、スマートフォン向けニュースアプリの開発という新たな取り組みを発表する際に発した、熱いメッセージです。

JICA留学生プログラムの一つであるABEイニシアティブ(正式名称:アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ )をテーマにしたコラムが任天堂の話から始まったのを不思議に思われるかもしれませんが、その理由はすぐに分かります。

2011年から任天堂がインターネット上で配信しているゲーム情報番組「Nintendo Direct」シリーズによって、同社は、直接的なマーケティング・コミュニケーションの先駆者となりました。任天堂のポッドキャストから最新情報を視聴者に直接届けることが可能になったのです。これは、従来のようなメディア経由での消費者への情報伝達を大きく変えるものであり、メディアによって編集・要約・解釈されることで元の意図が変わってしまうことや、情報がSNSで拡散される過程で元の情報が加工されてしまうといった影響を受けなくなりました。このため、消費者への直接的なマーケティングにおける革新的な手法と見なされ、以降、エンターテインメント業界のみならず、他の業界でも広く採用されるようになりました。

現在、「Nintendo Direct」の配信は数百万回もの視聴数を集め、絶大な宣伝効果と影響力を持ち、誤解や誤った解釈が生じるリスクは事実上なくなっています。直接的なマーケティングの実践により、任天堂はファンとの関係を再定義し、より深いものへと進化させました。直接的なコミュニケーションの力を活用することで、消費者は単にマーケティングに関心を持つだけでなく、時間を割いて、積極的に情報を取りにいくような状況が生まれたのです。

私が伝えたい要点は、とてもシンプルです。ABEイニシアティブ参加者は、「Africa Direct」となる大きな可能性を秘めている、ということです。企業に届く情報の流れを見直して「意思決定者に直接届く」仕組みをつくり、企業とアフリカの関係を強化する。これは、「Nintendo Direct」が直接消費者に届くマーケティングによるメッセージ発信に注力することでマーケティング・コミュニケーションを再定義し、ファンとの関係を深めたのと、まさに同じ方法です。ABEイニシアティブ参加者は、高い能力と情熱、知識を持つ人材であり、誤解や固定観念、誤情報のリスクをなくしてアフリカのビジネス状況と機会を直接示し、情報を提供できる立場にあります。彼らが意思決定者と直接コミュニケーションをとれれば、その効果はさらに高まります。

その可能性を探るため、このコラムでは、兵庫県尼崎市に本社を置く音羽電機工業とのパートナーシップ構築を成功させたルワンダ出身のABEイニシアティブ参加者のムガルラ・アミリ さんの事例をご紹介します。この事例を通じて、日本企業がアフリカについての制度的知識を深め、ビジネスチャンスを見い出す上で、ABEイニシアティブ参加者が重要な役割を果たせることを示します。

「Africa Direct」は日本企業にどのような利益をもたらすのか?

2025年8月に横浜で開催された第9回アフリカ開発会議(The Ninth Tokyo International Conference on African Development: TICAD 9)の際、私はあるパネルディスカッションに参加しました。

そのパネルディスカッションで議論された課題の背景には、多様で複雑な原因があります。その中でも、日本でアフリカの制度的知識が欠如している主な要因として頻繁に挙げられているのは、地理的な距離、現場での経験の不足、そしてアフリカに対する古いステレオタイプが根深く定着していることです。さらに、日本に暮らすアフリカ人の数が比較的少ないことも一因と言えます。

そのため、日本企業にとって、アフリカ出身の従業員の一人一人が、アフリカに関する知見と専門知識を得る上で、非常に貴重な存在となります。しかし同時に、アフリカ市場に適した製品やサービスを持つ可能性のある企業であっても、制度的な知識や専門知識の不足により、自社の可能性に気づいていないケースが多くあります。以前のコラム でも述べたように、ABEイニシアティブ参加者は日本に精通しているだけでなく、自国についても深い知識を持っており、日本企業にとっての将来的な投資機会に関する重要な情報源となります。さらに、ABEイニシアティブ参加者の多くは、起業家精神を持ち、鋭いビジネス感覚を備えています。では、彼らとの直接的なコミュニケーションをどのように最大限に活用できるのでしょうか?ここで、アミリさんの例をご紹介します。

ルワンダ出身のアミリさんは、ABEイニシアティブの第一期生で、神戸情報大学院大学でITを学びました。修士プログラムの終了後、音羽電機工業で6ヵ月間のインターンシップを経験しました。同社は、落雷による電気機器の損害や停電を防ぐ避雷装置のメーカーです。奇遇にも、ルワンダは世界で最も落雷の多い国の一つです。下に示した地図で、最も明るいオレンジ色に光っている場所を見ていただければ、それは明らかです。

写真:世界での落雷発生率を示す地図では、ルワンダを含むアフリカ赤道付近の発生率が高いことが分かる。画像提供:NASA Earth Observatory(Lauren Dauphin撮影、Peterson, et al. (2021) の未加工データを使用)

世界での落雷発生率を示す地図では、ルワンダを含むアフリカ赤道付近の発生率が高いことが分かる。画像提供:NASA Earth Observatory(Lauren Dauphin撮影、Peterson, et al. (2021) の未加工データを使用)
出典:NASA SVS | A New Look at Earth’s Lightning

NASAのデータによると、ルワンダとコンゴ民主共和国の国境にまたがるキブ湖周辺地域は、世界で最も雷の発生頻度が高い地域の一つです。NASAの推計では、世界全体での落雷による年間死亡者数は約2万4,000人、年間負傷者数は約24万人にのぼり、さらに年間数百万ドルの物的損害が発生しています。これは深刻な人間の安全保障上の脅威と言えます。落雷は負傷や死亡といった直接的な脅威だけでなく、設備の損傷、家畜の死亡、停電などによる経済的損失にもつながり、人命と生活に深刻な影響を与えるからです。

音羽電機工業は、まさにこうした問題を克服するための製品を開発しており、これは非常に大きなビジネスチャンスとなります。しかし、ルワンダが抱える課題の解決策となる商品を製造しているにもかかわらず、これまで同社には、実際に商品を売るための知識も販売ルートもありませんでした。アミリさんの役割は、日本滞在中に母国の課題を音羽電機工業に直接伝え、同社とルワンダの架け橋となることでした。つまり、彼は音羽電機工業にとっての「Africa Direct」となったのです。現在、アミリさんはルワンダで同社の現地代表を務めており、JICAとも密接に連携して、これらの機器をルワンダ全土へ普及する取り組みを進めています。この事業はさらに広域への拡大も検討されるに至っています。上の地図でアフリカ大陸の赤道付近が明るく輝いているということは、同社にとってこの地域でさらに大きなビジネスチャンスがあることを意味しているのです。

なぜ「直接」が鍵なのか

音羽電機工業でインターンをしていた期間に、アミリさんは同社のCEOと個人的なつながりを築き、現在もその関係は続いています。これは音羽電機工業のアフリカ展開における重要な要素であり、彼が会社の意思決定者に直接提案できたことが大きな力となりました。アミリさんは自らの知識と専門性を日本の受け入れ先に提供し、音羽電機工業はルワンダにおける重要かつ有望なビジネスチャンスを認識することができました。それによって、企業とアミリさん自身、さらにはルワンダの人々に及ぶ広範囲の相互利益が実現したのです。

写真:ルワンダとコンゴ民主共和国の国境にまたがるキブ湖の落雷。画像提供:Wikimedia Commons 、Pierre Galinier/MONUSCOによる写真(2016年、未加工)

ルワンダとコンゴ民主共和国の国境にまたがるキブ湖の落雷。画像提供:Wikimedia Commons 、Pierre Galinier/MONUSCOによる写真(2016年、未加工)
出典:File:Goma, Nord Kivu, RD Congo- Orage près des locaux de la MONUSCO à Goma. (25602665963).jpg - Wikimedia Commons

アミリさんの成功の鍵は、「直接」のコミュニケーションでした。ABEイニシアティブ参加者は、アミリさんのようにインターンシップへの参加が求められているため、日本企業にとって、アフリカの制度的知識を深める絶好の機会となります。企業がこうしたABEイニシアティブ参加者の知識を生かすには、彼らが自国についての提案を意思決定者に直接伝えられるような仕組みを整えることが重要です。例えば、経営層との直接対話や、報告ルートの整備などが挙げられます。音羽電機工業の事例から分かるように、情報が直接伝わることは商業的に大きな成果につながる可能性があるのです。

「Africa Direct」を通じて関心と理解をはぐくむ

アミリさんの事例が示すように、ABEイニシアティブ参加者は、アフリカ現地のビジネス環境や機会に関して、質の高い最新情報を直接日本企業に提供できるという独自の能力を備えています。なぜこれが重要なのでしょうか?かつて人々が任天堂の新作情報を紙の雑誌から知ったように、現在の日本の投資家が得るアフリカの情報の多くは、新聞やテレビなどの媒体を通じた間接的なものです。現在、日本におけるアフリカの制度的知識の多くは、現地やそこに住む人から直接得られたものではありません。また、その情報源の性質上、アフリカを狭い視点から捉えたものが多く、成果や機会よりも危険性が強調されてしまっています。私が話をしたABEイニシアティブ参加者の多くは、アフリカに対する理解不足がもたらすフラストレーションを訴えていました。投資家を惹きつけるための最初のハードルは、アフリカがステレオタイプで語られるほど「リスキー」ではないことを分かってもらうことにあるのです。

ABEイニシアティブは、こうした状況を覆す大きなチャンスとなります。ABEイニシアティブ参加者を受け入れる日本企業は、「Africa Direct」としての彼らを通じて、アフリカの現状に対する理解を直接かつ十分に深め、IT、農業、教育など多岐にわたる分野で新たなビジネスチャンスを発掘できます。今後数十年にわたってアフリカと日本の成長を牽引する「関心」「期待」、そして何より「投資」を生み出すためには、日本企業とその他の関係者が、音羽電機工業とアミリさんのように「直接」の精神を取り入れ、ABEイニシアティブ参加者が戦略的な架け橋としての役割を果たせるようにすることが不可欠です。

※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。

■プロフィール
貝塚 ジェームズ
英国リーズ大学大学院修了。2024年より現職。主な研究関心分野は、JICA留学生制度(ABEイニシアティブ)を中心とした人的資源開発、社会経済開発、ならびに日本とアフリカ諸国との関係構築について。

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