【貝塚ジェームズ研究員コラム】日本の知見とイノベーションをアフリカの現場へ―ABEイニシアティブ修了生の強みとは
2025.10.06
JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)には多様なバックグラウンドを持った研究員や職員が所属し、さまざまなステークホルダーやパートナーと連携して研究を進めています。そこで得られた新たな視点や見解を、コラムシリーズとして随時発信していきます。今回は、研究プロジェクト「日本のビジネスをアフリカのビジネスに:ABEイニシアティブのインパクトを探る 」に携わる貝塚ジェームズ研究員が以下のコラムを執筆しました。
著者:貝塚ジェームズ研究員 JICA緒方研究所
2025年8月20~22日に開催された第9回アフリカ開発会議(9th Tokyo International Conference on African Development: TICAD 9)を受け、TICADプロセスから生まれた数多くの取り組みの中でも特に注目度が高く、実績を重ねてきた「ABEイニシアティブ」を振り返ることは重要です。「ABEイニシアティブ」の正式名称は「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ 」です。これまでにアフリカ54ヵ国全てから約1,900人の留学生が参加し、主に修士課程で幅広い分野を専攻してきました。では、JICAや他機関が提供する他の留学プログラムと比べた際に、ABEイニシアティブの強みは何でしょうか?そして、その特性を生かし、ABEイニシアティブ修了生(以下、修了生)の可能性を最大限に引き出すには、どうすればよいのでしょうか?
本コラムでは、日本の労働慣行や技術を母国に持ち帰り、自国の状況に合わせて活用している修了生の事例を紹介します。彼らは単なる知識の移転にとどまらず、「文化の翻訳者」として、日本とアフリカをつなぐ独自の役割を果たしています。端的に言えば、本ブログでは「なぜABEイニシアティブとその修了生に注目する価値があるのか?」という問いに答えていきます。
私は2025年初頭に、エジプト、ケニア、南アフリカ、ルワンダを訪れ、修了生やその雇用主74人と対面することができました。研究プロジェクト「日本のビジネスをアフリカのビジネスに:ABEイニシアティブのインパクトを探る 」の一環として行ったインタビューでは、日本滞在中の経験や帰国後の貢献について、熱意に満ちた話を数多く聞くことができました。
とりわけ印象に残っているのは、ある大手自動車会社でのインタビューです。私はいつも通りABEイニシアティブのプログラムや所属先での状況について45分~1時間程度のインタビューをすることを想定していたのですが、実際にはそれを大きく超え、多くの気づきを得ることができました。
日本の本社から現地法人に派遣されている日本人の最高経営責任者(CEO)は、あいさつの時点から修了生である従業員2人の貢献について熱く語りました。また、従来のインタビューとは異なり、彼らの強みを具体的に示す45分間のプレゼンテーションをしてくれました。CEOは、修了生は日本で学んだ考え方をただ理解するだけでなく、それを現地の状況に合わせて地元の従業員にも浸透させていく存在、いわば「文化の翻訳者」であってほしいと特に強調しました。
その言葉の中でも、ABEイニシアティブのことをよく理解していると感じさせてくれたのは次の一言です。
「彼らには、この国独自のものづくりのスタイルをつくりあげてほしい」
CEOは、修了生が中心となって「ものづくり精神」を現地に根付かせることができれば、自社の競争力が高まり、その国における自社の将来がより確かなものになる、ひいては自社の製品の質と地元市場への適合性が高まると感じていました。修了生もCEOに同意し、自動車会社では生産ラインで1日1台でも増産できれば大きな生産性向上につながると指摘し、カイゼン活動に積極的に関わっていることを教えてくれました。2人ともABEイニシアティブの留学プログラムの一環で、その企業の日本工場でインターンシップをした際にさまざまな学びがあり、日本での経験は自身を変える転機だったと語っていました。
この事例はまさに、ABEイニシアティブが目標として掲げているように、修了生が「日本とアフリカの架け橋」となり、アフリカのビジネスの発展を促進する役割を担っていることを示しています。日本と母国双方の文化や現場に精通した修了生は、技術面での高度な専門性やビジネスマインド、成功への意欲を持つユニークな立場を生かし、それを結びつけることで他にはない成果を生み出しているのです。
この自動車会社の例で特筆すべき点はまだあります。
ABEイニシアティブは、他の留学プログラムとは異なり、ビジネスや起業に焦点をあて、「日本のビジネス慣行や企業文化を広める」という点に着目しているのが特徴とされています。ABEイニシアティブの修了生は、大学院での座学と企業インターンシップを通じて日本の企業文化に精通し、日本への親近感を持ってプログラムを修了することが期待されています。これは先に紹介した自動車会社の修了生の例だけでなく、アフリカ全土の全ての修了生に当てはまることです。
しかし、ABEイニシアティブがユニークな理由はこれだけではありません。ABEイニシアティブは、優秀なアフリカ人学生を「日本のサラリーマン」に変えるためのプログラムではないのです。もしそうであれば、前述の自動車会社は、日本から日本人の社員をアフリカに派遣すればいいだけのはずです。実際には、修了生の真の強みは、日本と母国双方に関する深い理解を備え、その両方の視点を生かしてビジネス環境を改善し、「文化の翻訳者」となれる点にあります。前出のCEOが語った「日本のやり方を知りつつ、アフリカ人精神を持っている」という言葉は、その本質を言い表しています。
修了生は日本で専門知識や企業文化を学びつつも、自身のルーツを忘れることはありません。インタビューに応じてくれた人の大半が、強い愛国心を持ち、母国の発展に貢献したいという強い想いを持っています。自動車会社の修了生の例のように、彼らにとって、日本で得た知見をアフリカに持ち帰ることは、自身のキャリアを進展させる自己実現であると同時に、経済成長を通じて祖国に貢献するチャンスでもあるのです。こうした考え方は、私が訪れた4ヵ国全ての修了生の間で、専門分野を問わず広く見られました。
ABEイニシアティブの核となっている日本とその企業文化についての知識、母国についての知識と愛国心、具体的な専門知識、力強い起業家精神といった一連の要素が合わさり、有効活用されることで、大きな力を発揮する可能性があります。こうした要素があるからこそ、数ある留学制度の中でも、ABEイニシアティブが際立った取り組みになっているのです。
2013年の第5回TICADでABEイニシアティブが創設された際、安倍晋三首相(当時)は開会演説で「アフリカの若者が、やがて日本とアフリカをつなぐビジネスの主役になるのを信じて疑いません」と将来への展望を語りました。本コラムでは、修了生たちがまさにそれを実行している例を見てきました。アフリカで最も優れた人材が日本の最も優れた知識を持ち帰り、比類なき情熱と意欲をもって自国の文脈に翻訳して活用しているのです。
これが示していることはシンプルです。紹介した事例のように、修了生が持つユニークな知識とスキルセットは、アフリカと日本、互いの利益の実現に貢献することができ、そして実際に貢献している、ということです。修了生の技術的な専門性だけでなく、「文化の翻訳者」としてのスキルを活用することで、より大きな利益が得られるのです。技術的な知識が重要なのはもちろんですが、アフリカの組織に日本式を導入するのであれ、日本式の組織にアフリカ人材を適応させるのであれ、プロセスや慣行、効率性の改善に携わるときにこそ、修了生は「文化の翻訳者」として真価を発揮するのです。
端的に言えば、修了生の真価は、日本のイノベーションをアフリカの意欲と結合させる点にあります。この方程式を理解していれば、最大の効果を引き出すことができるでしょう。修了生には、日本の最も優れた知識と、アフリカの最も優れた意欲という、ふたつの世界の“Best”を体現することが期待されています。
※本稿は著者個人の見解を表したもので、JICA、またはJICA緒方研究所の見解を示すものではありません。
■プロフィール
貝塚 ジェームズ
英国リーズ大学大学院修了。2024年より現職。主な研究関心分野は、JICA留学生制度(ABEイニシアティブ)を中心とした人的資源開発、社会経済開発、ならびに日本とアフリカ諸国との関係構築について。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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