【JICA緒方研究所・JCIE共催ナレッジフォーラム】 岐路に立つグローバルヘルス:世界的な援助縮小の中で問う日本のリーダーシップ 開催
2026.06.16
2026年2月4日、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)と公益財団法人日本国際交流センター(Japan Center for International Exchange: JCIE) は、ナレッジフォーラム「岐路に立つグローバルヘルス:世界的な援助縮小の中で問う日本のリーダーシップ 」を共催しました。政策立案者、研究者、開発パートナー、民間セクターのリーダーらが集い、国際援助が縮小する中で日本がグローバルヘルス分野で担う役割を議論しました。
開会のあいさつに立った外務省国際協力局の大場雄一審議官(国際保健外交担当大使)は、「保健医療は、人道分野の懸案であるだけでなく、経済の安定や社会の結束、さらには国内外の安全保障の中核をなす要素だと強調し、“愛する身近な人々の健康と尊厳を守りたい”という人間の根本的な願いは、国際社会全体を団結させる普遍的価値観だ」と述べました。また、公的資金の縮小と地政学的な不透明性の高まりを念頭に、グローバルヘルス分野の国際協力を強化する必要性があり、グローバルサウスのパートナーと手を携えて取り組む日本のコミットメントの重要性を改めて指摘。日本が相手国のニーズも踏まえたきめ細かなアプローチや多国間・二国間・民間の各チャネルによる多層的な支援を通じ、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)の実現に向けたグローバルサウスの自立的な進展を後押しすることが不可欠だと述べました。最後に、人間の安全保障を達成し、あらゆる個人の生命と尊厳を守り、「誰も取り残されない」未来を構築するため、グローバルヘルスの取り組みを皆で推進していくことを呼びかけました。
基調講演には、公益財団法人結核予防会の理事長をはじめ、国内外で多くの要職を務める尾身茂氏が登壇。尾身氏は、主要ドナー国の関与の縮小が感染症対策をはじめとするグローバルヘルスの取り組みにすでに深刻な悪影響をもたらしていると指摘。結核分野での自身の経験をふまえながら、治療薬や診断薬の不足のほか、サーベイランス(監視)体制の低下といった課題を挙げました。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックがあった数年間を除き、結核は依然として感染症のうち成人における最大の死因であるにもかかわらず、すでに過去の病気であるという誤解が根強いことも説明しました。
また、パンデミックや感染症は、社会や経済への影響の重大さを踏まえ、国家および国際社会の安全保障上の課題として理解されるべきだと強調。現在の国際社会は一層分断が進み、「自国ファースト」の考え方が各国へと感染症のように広がっているとした上で、連帯が弱まれば国際社会全体の備えと対応が損なわれると警告しました。
日本の役割については、世界保健機関(World Health Organization: WHO)での自身の長い経験から、グローバルヘルス分野への日本の長年の貢献は確かな実績と協力の独自性が相まって国際社会から高く評価されていると説明。二国間支援を通じて築かれてきた多くの国々との長期的なネットワークを維持する重要性を指摘したほか、多国間の枠組みを通じた支援、各国の状況やニーズに即したアプローチ、そして対等なパートナーシップの原則に基づいて日本人専門家が現地で提供する技術支援の重要性も挙げました。
尾身氏は今後の協力に求められることとして、具体的で目に見える成果の創出、日本の納税者への説明責任、実績に裏打ちされた経験と専門性の重視、官民学の連携、パートナー国の役割の変化の尊重、国際社会と連携の取れた支援を挙げました。また、今後優先すべき分野として、パンデミックへの備え、UHC、非感染性疾患(Non-communicable Disease: NCD)に対する包括的な対策を挙げました。
さらに、日本にはJICAや過去の多層的な支援を通じて世界中に多くの友人がいることを忘れないでほしいと強調し、開発協力に対する国内での支持を維持するには、忍耐強さ、継続的な関与、そしてその価値を理解していない人々に丁寧に働きかける地道な努力が求められると論じました。分断が際立つ現在の世界情勢を潜在的な好機と捉え、国家安全保障の取り組みの一環としてグローバルヘルス分野への投資拡大を検討するなど、日本が一段と力強いリーダーシップを発揮することを呼びかけました。
基調講演を行った公益財団法人結核予防会の尾身茂理事長
続いて、JICA緒方研究所の瀧澤郁雄 主席研究員がモデレーターを務めたパネルディスカッションが行われました。JCIEの伊藤聡子執行理事、ガーナ保健省下の組織であるガーナヘルスサービス(Ghana Health Service: GHS)のパトリック・クマ・アボアジェ前総裁、日本製薬工業協会の中川祥子常務理事、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社の渋澤健最高経営責任者(CEO)がパネリストとして参加。グローバルヘルスを取り巻く環境が変化する中で日本が担うべき役割や、多様なパートナーを巻き込み、各国の主権と国際社会の連帯を尊重しながら日本の強みを生かす将来の協力について議論しました。
まず、ガーナからオンラインで参加したクマ・アボアジェ前総裁は、世界的な相互依存が進む中での国際協力の重要性や、当事国によるオーナーシップ(主体性)と現地主導の戦略の必要性を強調。また、保健医療分野への開発援助はグローバルサウスで大きな成果をあげてきたとし、ガーナが感染症対策やワクチン接種、母子保健分野で大きく前進してきた例を示しました。
しかし、政府開発援助(Official Development Assistance: ODA)の減少により、不可欠な保健サービスが脅かされ、これまでの成果が後退するリスクが生じていると警告。その対応として、グローバルサウスの各国政府は国内資源を動員するとともに、デジタル化や調達改革による効率化、プライマリーヘルスケアの強化、南南協力や官民連携の拡大に取り組んでいると説明。また、日本については、保健医療体制やプライマリーヘルスケアを支援している点や相手国の優先事項に合わせて共創的なアプローチを通じて協力を行う点から、「理想のパートナーの要件を全て満たしている」と評価し、日本によるキャパシティディベロップメントの象徴的な例として、野口記念医学研究所に対する日本の支援や母子手帳を通じた母子保健分野での協働を紹介しました。
さらにクマ・アボアジェ前総裁は、開発アジェンダがセクターワイドアプローチ(Sector Wide Approach:SWAp)から「ルサカ・アジェンダ」、そして現在の「アクラ・リセット」へと変遷してきたことを振り返りながら、専門家やボランティアの現地への派遣を含む日本のODAの価値を改めて評価。その上で、日本がUHC実現に向けたプライマリーヘルスケアと保健医療体制の強化の分野に引き続き取り組み、相互の信頼に基づく関係を維持していくことに期待を寄せました。
パネルディスカッションにオンライン参加したガーナヘルスサービスのパトリック・クマ・アボアジェ前総裁
モデレーターを務めたJICA緒方研究所の瀧澤郁雄主席研究員
伊藤執行理事は、日本のグローバルヘルスへの取り組みは過去25年で大きく広がり、グローバルヘルスは日本外交上のソフトパワーの一つとして認知を得てきたと説明。その流れの背景には、国内での政産官学民マルチステークホルダー連携があると論じました。
現在見られる援助削減の動きについて、政策策定者の間では、「今こそ日本がリーダーシップを発揮しギャップを埋めるべき」という意見と、「潮流に従って援助を削減しつつパートナー国に自立を促すべき」という2つの異なる見解があると指摘。一見矛盾する双方の意見を両立させることで、この危機を好機に変えることができると強調しました。そのためには、健康の公平性という目標を最優先に捉え、日本の貢献の見えやすさのみにこだわらずに優先順位をつけたり、国ごとに異なる文脈を反映し、現地に適合させた「健康主権」へのアプローチを採用したりすることが必要と主張。さらに新たな財源確保のために、民間セクターや慈善財団との連携、債務転換やブレンデッド・ファイナンスや保健関連税、日本のODAにおける分野別の構成バランスの見直しなどの具体例を提起しました。
日本が最近、世界エイズ・結核・マラリア基金(グローバルファンド)への資金拠出を削減したことに触れ、日本であれ他国であれ、グローバルヘルス分野のリーダーとして国際社会から認知されるには、多国間での資金貢献、資金に裏打ちされたアジェンダ設定力、技術革新力、そして国際社会からの「信頼」を得ることが不可欠だと言及。また、政府関係者に留まらず民間も含め、グローバルヘルスに関わる全員がリーダーシップを担うつもりで日本の取り組みを世界の人々に発信しなければならないと強調しました。
渋澤CEOは、グローバルヘルスのバリューチェーンにわたって民間セクターの資金を動員し、ODAを補完することも担う「グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアティブ(Triple I for Global Health) 」が2023年5月のG7広島サミットで採択されたことや、「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同 」を通じた2019年からの自身の活動についても紹介。インパクト投資については、社会的・環境的な課題解決策の提供を明確な目的として行われる営利投資だと表現し、その意図とインパクトを定義する規律が不可欠だと強調しました。また、「Triple I for Global Health」は、認知拡大に向けたアウトリーチ活動、インパクト測定・管理、政府への政策提言が戦略の柱であると説明。パートナー機関が2023年9月の正式始動時の37組織から2025年12月時点で124組織へと急増した一方、依然としてグローバルノースからの参加に集中していることを認め、グローバルサウスからの参加拡大を呼びかけました。さらに、投資家とスタートアップの仲介における初期の成功例を紹介しつつ、グローバルヘルスに有意のインパクトを及ぼすには民間資本だけでは不十分であり、政府の政策やインセンティブによる後押しが不可欠だと強調しました。
さらに渋澤CEOは、民間投資のリスクを軽減し、拡大を促すためのブレンデッド・ファイナンスの重要性を取り上げたほか、グローバルヘルスは次世代にとって非常に重要なため、グローバルヘルスコミュニティー内部だけにとどまらず、より多くの人を巻き込むよう関係者が意図的に努力する必要があると指摘。さらに、投資家、企業、スタートアップがそれぞれの役割を果たせる場として、「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific: FOIP)」に保健回廊(複数国にまたがる保健・医療分野の連携圏)を組み込む構想も示しました。締めくくりに、世界に広がる「自分ファースト主義」という負の側面に対抗するよう呼びかけました。
日本国際交流センター(JCIE)の伊藤聡子執行理事
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社の渋澤健最高経営責任者(CEO)
中川常務理事は、イノベーションは力強いパートナーシップ、効果的な普及戦略、レジリエントなサプライチェーンを通じて人々に届くよう設計された場合にこそ真の違いを生み出し、特に低・中所得国との共創が重要性を増す中でその意義は一層大きいと述べました。
また、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTD)、新興感染症、結核、薬剤耐性、新型コロナウイルス感染症といった分野にわたる日本の製薬会社の貢献を紹介。例として、住血吸虫症治療のための小児向け製剤の開発、国際的な緊急対応の枠組みと協調的資金を通じたエムポックスワクチンの承認、デング熱が拡大した諸国での広範なワクチン承認の達成、多剤耐性結核に対する新たな治療選択肢と新規抗生物質の提供、低・中所得国の製薬メーカーに対する新型コロナウイルス感染症向け経口抗ウイルス薬のライセンス供与が挙げられました。こうした実例について、個々の製品開発の成功談ではなく、研究開発と製品の供給をつなぐことでイノベーションが世界中の患者に届きうることを示していると強調しました。また、「世界NTDの日 」のイベントで若者を巻き込み、将来の科学者や政策策定者を応援する日本製薬工業協会の取り組みも紹介しました。
今後の方向性として、満たされていない医療ニーズに対するイノベーションの推進、低・中所得国の製薬メーカーを巻き込んだレジリエントなサプライチェーンの共創、長期的な協力関係を通じたマルチステークホルダーの連携強化、UHC実現に向けた保健医療サービス拡大と支援、そして援助ではなく低・中所得国を対等なパートナーとしたイノベーション共創への移行を挙げました。また、現地生産とは単に工場を建てるだけではなく、規制当局の能力、法令遵守、品質管理を含むエコシステム全体に依存するものだと指摘。さらに、UHCを通じて健康寿命世界一を達成してきた日本の成功経験を世界と共有することへの強い意欲も語りました。
日本製薬工業協会の中川祥子常務理事
閉会のあいさつに立ったJICA緒方研究所の亀井温子 副所長は、国連持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)達成への進捗が鈍り、ODAが縮小し、地政学的な分断が深まる中でグローバルヘルスは極めて重要な転換点を迎えていると指摘。現状の難しさにかかわらず、信頼、当事国のオーナーシップ、イノベーション、民間セクターの関与は依然として力強いと述べ、JICAが人間の安全保障の推進と、よりレジリエントで持続可能な地球社会の共創に取り組んでいくことを改めて強調しました。
このセミナーの動画は以下からご覧になれます。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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