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『TAMPOPOの綿毛が風に飛んでいくーブラジルろう者「当事者主体」の奮闘の軌跡』

  • #プロジェクト・ヒストリー

たんぽぽの綿毛が風に乗って飛んでいくように、自分たちの活動も周囲に広がっていく―。そんな想いを込めて名付けられた「TAMPOPOプロジェクト」は、2008~2013年までブラジルで行われたJICA草の根技術協力事業「ろう者組織の強化を通した非識字層の障害者へのHIV/AIDS教育」のこと。本書では、さまざまな現場の声を織り交ぜながら、障害当事者団体Disabled Peoples’ International(DPI)の日本国内組織「DPI日本会議」によるTAMPOPOプロジェクトの軌跡が描かれています。

所得格差が世界で最も大きい国の一つ、ブラジル。東北部の貧困地域ペルナンブコ州は、障害者の割合が最も高いとされています。しかし、障害者は保健やセクシャリティーに関する教育・啓発の対象から外されてしまうことが多く、HIV/AIDSといった病気の予防知識を得られないため、大きな健康上のリスクにさらされていました。

本書の著者の一人であり、プロジェクトマネージャーを務めた盛上真美氏は、“ろう者とかかわるソーシャルワーカーになりたい”と経験を積むためにやってきたブラジルで、ろう者を支援する取り組みのはずなのに、その中心にろう者自身がいない、という現実を目の当たりにします。ろう者の能力向上のために何ができるか模索する中で行き着いたのが、HIV/AIDS予防に関する情報を、ろう者に向けてろう者自身が伝えていく、障害当事者による当事者への支援でした。これが2008年からのTAMPOPOプロジェクトへとつながったのです。

それまで、ろう者として自らも情報バリアに苦しんできたTAMPOPOプロジェクトのメンバーは、体の部位や免疫システム、そしてHIV感染予防の知識を身につけ、それをどうしたら分かりやすく伝えられるかを第一に考え始めます。そして、手話も使わず誰にでも分かるジェスチャーのみの性感染症予防についての寸劇と、それをもとにした文字のないコミック本(本書の中に掲載)というツールを編み出し、各地でワークショップを開催するようになります。さまざまな困難にもぶつかりつつも、もう一人の著者である吉田憲氏を含めたJICAブラジル事務所と連携し、着実に歩を進めていきました。やがてこの活動は、障害者だけでなく、非識字層の人々にも情報を提供できる活動として評価を受けるようになり、ろう者の家族、自閉症、ダウン症、視覚障害といった他の障害を持つ人たちもワークショップに参加するようになりました。

TAMPOPOメンバーの活動は、いつしか「TAMPOPOマジック」と呼ばれ、どんどんファンを増やしていきます。TAMPOPOプロジェクトは、当初はペルナンブコ州のみが対象でしたが、次第にブラジル北部・北東部の9つの州に広がり、最終的には同じポルトガル語圏であるアフリカのモザンビークとアンゴラから参加者を招待した研修も実現させました。

当事者だからこそ、できることがある―。盛上氏は、TAMPOPOプロジェクトのワークショップは情報提供だけが目的ではなかったとし、「自分たちと同じように『孤独』を感じているであろうろう者に、『あなたは一人じゃないよ』ということを直接伝えに行く!行きたい!というメンバーの想いが常にあふれていた」と振り返ります。かつては社会に疎外されていた障害当事者が本来持っている能力を発揮し、生き生きと輝けるようになる、まさに“エンパワメント”そのものを教えてくれる一冊です。

●「読書バリアフリー法」(障害の有無にかかわらず、全ての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるように2019年6月に成立した「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」)の趣旨に沿って、本書ではプロジェクト・ヒストリーシリーズ初の取り組みとして、視覚障害の方にも読んでいただけるように読み上げ用テキストを提供しています。

●同書は、障害のある人の権利の保護と社会参加の機会平等を目的に活動する国際 NGO「Disabled Peoples’ International」の日本国内組織であるDPI日本会議から推薦を受けています。

著者
盛上 真美、 吉田 憲
発行年月
2025年5月
出版社
佐伯コミュニケーションズ
言語
日本語
ページ
155
関連地域
  • #中南米
開発課題
  • #社会保障
  • #保健医療
研究領域
人間開発
ISBN
978-4-910089-44-7