研究領域
JICA緒方研究所では、2021年度から新たに加わった「政治・ガバナンス」領域を含め、6つの重点研究領域を定めています。
政治・ガバナンス

近年、戦争やクーデター、権威主義的な政権が人々の平穏な生活を破壊し、人生の豊かな可能性を追求する機会や命さえも奪う事例が増えています。また、大国間競争が激化する中、多くの開発途上国にとって、大国の思惑に翻弄されない外交環境を整えることが、以前にも増して重要になっています。
こうした認識を踏まえて、政治・ガバナンス領域では、いかなる国に住もうとも全ての人が人間の安全保障を享受できる国内政治および国際政治の条件や社会のしくみとは何かを考えます。例えば、人類共通の「普遍的価値」と言われる自由民主主義や法の支配などの価値規範や制度についての検討です。これを尊重しない国家が増大している一方、硬直的に定義された「普遍的価値」は、大国が自己を正当化し、他国を攻撃する武器として使われる危険を孕んでいます。「普遍的価値」を再考することは、喫緊の課題となっています。また、開発途上国が、激化する大国間競争に直面して、自国の開発と平和を確保するために、中国をはじめとする大国とどのような二国間関係を構築しようとしているか、という問いの探求も行っていきます。
経済成長と貧困削減

世界には未だに多数の貧困層が存在しており、貧困削減は依然として根本的な開発課題です。また、一定程度発展を遂げた国々の中にも格差の問題や社会開発の遅れ等に直面している国もあり、量的な経済成長のみならず、包摂性、持続可能性、強靭性を伴う、質の高い成長が求められています。
これらを踏まえつつ、当領域では、国際的議論における理論的支柱となる質の高い成長の概念の体系化や、開発途上国に対する日本の主要な支援事業の一つであるインフラ事業の経済社会効果の分析を行っています。また、国内経済や住民の生活に大きな影響を及ぼす金融状況の研究や、アフリカ諸国の更なる成長と貧困削減に寄与する農業支援の実証分析に取り組んでいます。この中で、開発途上国における政策や取り組みが、経済成長と貧困削減のために効果があることを明らかにするため、介入・非介入を比較したエビデンスに基づく分析も行っています。
人間開発

人々が、教育や健康の享受を通して生涯にわたる能力や可能性を広げることは、それ自体が重要であるだけでなく、社会・経済の発展に必要不可欠な条件です。この20年の世界的な大きな前進の一方で、貧困、ジェンダー、障害、居住地域などによる格差の問題、また、技術革新やグローバル化に伴うニーズの変化、紛争・災害、疾病構造の変化、感染症の突発的流行などの新たな脅威に直面し、すべての人に対する良質な教育、保健サービスへのアクセスの保障とエンパワメントが課題となっています。
教育及び保健分野は、日本が国内や国際協力を通じ蓄積してきた経験や知見を活かせる一方で、従来の取り組みからの変化も求められており、より客観的・実証的な分析を通じ、将来のJICAの戦略の方向性を導く研究や世界への発信が今まで以上に重要になってきています。教育分野では、低中所得国における海外留学のインパクトに関する研究、日本の教育協力の歴史の分析とその国内外への発信を進めています。保健分野においても、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの推進、経験の分析に取り組んでいます。これらを通じて国内外の研究機関とのネットワークの構築も積極的に行っていきます。
平和構築と人道支援

今日の世界では、武力紛争、大規模自然災害、感染症の爆発的流行、越境犯罪などのさまざまな危機により、人々の生命、生活、尊厳が脅かされています。その背景には、貧困、差別、不平等、気候変動など多くの要因があり、国際社会はより革新的かつダイナミックに問題解決にあたることが期待されています。
平和構築と人道支援領域では、さまざまな脅威に直面する人間の安全保障や持続的な平和をどのように実現するかとの観点に立ち、これら問題の背景にある要因をより体系的に明らかにする研究を進めています。
人間の安全保障の実践は数年以上にわたり取り組んでいるテーマで、保護とエンパワメントの関係を探求しています。また、平和構築も同様に重要なテーマで、紛争影響下にある社会において持続的な平和を促進する要因や阻害要因を分析しています。これらの研究を通じて、人道対応、持続的な開発、持続的な平和に従事する多様な主体による取り組みを比較分析することにより、課題に対処する有効な支援のあり方を探ります。
地球環境

多くの開発途上国では、経済発展や人口増加、都市化の進展に伴い、廃棄物処理や水質汚濁、大気汚染などの環境問題が従来以上に深刻化しています。また、気候変動は、世界のあらゆる国々の安定と繁栄、人間の安全保障にとって脅威となっています。しかし、環境問題の多くは複雑な要因が絡み合って発生しており、短期的な解決策を見出すことは困難であるほか、環境問題・気候変動の科学的な分析、対処のための法制度設計、政策実施上で検討が必要な事項は多岐にわたっています。そのため、開発途上国における環境問題や気候変動への対処を考察し、自然科学分野で蓄積された最新の知見や方法を取り入れながら、開発協力の現場での経験やデータを踏まえた研究が重要です。
このような状況の中、当領域では、気候変動の適応に向けた経済的手法の検討や、プロジェクト開発における環境影響評価の手法に関する研究を行っています。さらに、SDGsの達成に向けて、ASEAN諸国を対象とし環境及び気候変動に関する政策提言に向けた研究を開始しています。
開発協力戦略

日本が開発協力を開始して以来、国内外の政治経済環境は大きく変化しています。歴史から学び、客観的・実証的な分析を通じて将来のJICA事業・戦略の方向性を導く研究が今まで以上に重要になってきています。そこで当領域では、日本の開発及び開発協力の歴史を総括する研究や、産業開発分野を事例に日本の開発協力の特徴を探る研究にも注力していきます。また近年、新たに開発協力を始めた新興国が増え、従来の先進国主導の援助秩序に影響を与えています。このような状況の中、開発途上国の研究者とのネットワークを構築しつつ、今後の開発協力の国際規範形成に資する研究や分野横断的な課題に取り組みます。また、スポーツと平和に関する研究など、新たな課題にもチャレンジしていきます。