【相場大樹客員研究員インタビュー】自国通貨の利用と金融包摂の促進を通してカンボジアの金融セクターの発展を
2025.11.06
JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)でカンボジアの金融セクターに関する研究プロジェクトに携わり続け、現在はJICA専門家としても活動する相場大樹 客員研究員。研究と現場を見つめ続けてきた視点から、同国の金融セクターの課題やこれまでの研究成果などについて聞きました。
―10年以上にわたり、カンボジアの金融セクターについて研究を続けています。このセクターが抱えてきた課題について教えてください。
カンボジアでは、現在でも自国通貨のリエルだけではなく、米ドル(以下、ドル)が使われています。ポルポト政権時代(1975~1979年)に自国通貨や銀行が廃止されたことや、ポルポト政権の崩壊後も国を再建する過程で信頼できる金融システムが構築されず、国際支援によって巨額の支援金がドルで流入してきてドル経済が形成されたことがその背景にあります。
ただし、いったんドルで金融システムが構築されてしまうと、例えば日本での日本銀行に当たるカンボジア中央銀行はドルを自身で発行できませんから、貨幣供給量のコントロールができず、国内の通貨の価値を安定させたり有効な金利政策をとったりすることが難しくなります。そこで、カンボジア中央銀行は、2020年に「バコン」と呼ばれるデジタル通貨決済システムを世界でも先駆けて導入するなど、自国通貨の利用促進に向けたさまざまな取り組みを進めています。また、より多くの人々が金融サービスにアクセスできるように金融包摂の促進にも取り組んでいますが、まだまだ課題は多いと言わざるを得ません。
―JICA緒方研究所の研究プロジェクト「カンボジアにおける自国通貨利用促進に関する実証研究 」ではどんな成果がありましたか?
私は2014年から同研究プロジェクトに携わるようになりましたが、当時、カンボジアでは銀行の預金は90%がドルだったりローンもドルで組まれていたりと、99%がドル経済だと言われていました。そこで、この研究プロジェクトでは、リエルとドルが実際にどのように使われているのか、全国の家計、企業、銀行の調査を行いました。すると驚いたことに、ドル化しているのは首都プノンペン周辺に限られ、地方部ではリエルが使われていることが分かったのです。これはカンボジアの金融セクター関係者にとっては大きな驚きでした。なんとなく「実態はこうなのでは?」と思っていることが、調査をし、客観的なデータを使ってエビデンスとして示されることで、実情に合った次の政策につなげていくことができます。その後、カンボジア中央銀行はリエル促進政策を本格的に進め、銀行の貸出総額のうち10%はリエル建てにしなければならないという規制がつくられました。当初は無理だろうという反発もありましたが、2019年には多くの銀行で達成されています。
また、2017年にはカンボジア政府が貸出金利を政策で決定する金利キャップ規制を導入し 、主に貧困層に融資するマイクロファイナンス機関の年利が18%に引き下げられました。金利キャップ規制の背景には、過重債務や高金利が問題視されていたことがありますが、研究プロジェクトでは、その規制により実際にどんなインパクトがあったのか、約1,000軒の家計調査や、カンボジア中央銀行の協力のもとで、現地の信用情報局のデータベースにアクセスし、ローン1件1件の信用情報を入手して、全国の銀行や金融機関の融資情報を約1,000万件分析しました。すると、この金利キャップの引き下げによって、特に地方部でマイクロファイナンス機関による融資件数が減少したことが分かったのです。
消費者目線では、“金利が下がればお金を借りやすくなる”と思いがちですが、金融機関にとってはそうではありません。金利が安いからと多くの消費者が借りに来ると、返済できなくなるリスクが高まるからです。特に、貧困層が多い地方部でこそ、マイクロファイナンス機関は採算がとれなくなるリスクを不安視し、貸し渋りにつながっていました。つまり、金利を規制したことによって、地方部や貧困層の融資へのアクセスが制限されてしまったことになります。貸す側の経営持続の視点からすると18%の金利は低すぎるので、研究プロジェクトでは適切な金利水準でキャップをする必要があるとカンボジア政府に提言しています。
―研究プロジェクト「カンボジアにおける金融包摂促進のための実証研究 」では、どんな成果がありましたか?
マイクロファイナンス機関をどう維持するかという視点も含め、「誰もが必要な金融サービスに持続的にアクセスでき、利用できるという『金融包摂』をカンボジアでもっと促進させるには何が必要なのか?」という問題意識が生まれたことから、2019年からこの研究プロジェクトを開始しました。規制と金融機関の貸出行動の分析、Fintech(フィンテック:ITを活用した金融サービス)による金融包摂促進の検証、女性の金融包摂促進とその貧困削減への影響の分析など、金融機関、農家や女性を含む家計、企業という3つの視点から分析を行い、包括的な金融包摂の促進に向けた政策につなげることを目指したものです。
家計の過重債務の状況について聞き取り調査を行う相場客員研究員(右奥)
例えば、約80のマイクロファイナンス機関が、どこから、どのように資金調達をしているのか、過去と比較してどんな変化があるのか調査分析したところ、カンボジアのマイクロファイナンス機関はインパクト投資家からの融資を受けていることが多かったのですが、近年では利益重視の一般の投資家も増えていることなどが明らかになりました。また、融資を受けた人々がどう生活や行動を変えているか、家計レベルでの調査分析を行ったところ、過重債務が急激に増えていることも分かりました。そこで、家計簿を活用した金融教育プログラムがどのような影響を与えるか調査したところ、人々の金融リテラシーが改善されたことも明らかになっています。こうした研究成果をまとめた書籍『Microfinance in Cambodia: Development, Role, and Prospects』がもうすぐ発刊される予定です。
―現在は、カンボジアでどのような活動をしているのですか?
2023年からは、金融政策の決定・実施能力の改善とリエルの取引市場の促進を目指すJICAの技術協力プロジェクト「金融政策のための経済分析・調査・運営能力強化プロジェクト」のJICA専門家として、カンボジア中央銀行に駐在しています。カンボジアは長年の間ドル化とともに経済成長をしてきた実態もあるので、急激な脱ドル化を進めるのではなく、徐々に市場で自国通貨を問題なく使えるように金融インフラを整えていくことが重要です。そのためには、カンボジア中央銀行の職員たちが金融政策を策定したり自国通貨を発行・流通・管理したりする能力を高める必要があります。金融政策策定の第一歩としては、調査をして実態を調べることが必要不可欠なので、その分野で職員の能力強化を図っています。
―研究者と専門家の立場を踏まえ、研究と政策をつなげていくために重要なことは何だと考えますか?
2025年3月には、カンボジアでエビデンスに基づく政策立案(Evidence-based Policy Making : EBPM)の促進に向けたシンポジウム が開催されました。カンボジアの関係者には脱ドル化や金融包摂をなんとかしたいという強い想いを持っている人が多く、エビデンスに基づいた政策の重要性をよく認識しています。特にカンボジアのように統計情報が乏しい国の場合、人によってさまざまな思い込みや見方が存在してしまうので、実態を正確に把握するための調査をし、根拠を示し、コンセンサスをとって政策を進めていくプロセスが非常に重要です。そこに研究の成果を生かしてもらうためには、論文だけではなく、政策策定者に読んでもらいやすいポリシー・ノート やセミナーの開催 といったさまざまなチャネルで幅広く情報発信することが大切だと考えています。
リエル促進に関する研究の一環として、NBC職員とともに、経済財政省・国庫総局へのヒアリングを実施する相場客員研究員(右奥から2人目)
―今後の抱負を教えてください。
振り返ると、私とカンボジアの出合いは偶然でした。大学院の修士論文でカンボジアの金融セクターをテーマにしたことが最初のきっかけで、それまでは行ったこともなかった国でした。それが研究プロジェクトに関わるうちに1年のうち半分をカンボジアで過ごすようになり、今ではカンボジアに腰を据えて、専門家として活動しながら研究にも取り組んでいます。カンボジアの金融セクターが抱えている課題は、すぐに解決できるものではありません。以前は研究者として「どれだけ興味深い成果を世に出せるか」という視点がありましたが、今は、「どうしたらより政策にフィードバックを与えられる研究ができるか」という想いに変わってきました。これからも現地で構築してきた人とのつながりを大切に、カンボジアの金融セクターの発展に貢献できればと考えています。
相場客員研究員がJICA専門家として常駐しているカンボジア中央銀行で共に活動する職員たち
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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