【チャバ・コロシ特別客員研究員インタビュー】GDPを超えて“進歩”を測る指標を見つめ直す
2026.03.18
“社会が進歩をどう定義し、どう測るのか?”という問いは、かつてないほど重要です。長年にわたり、国内総生産(Gross Domestic Product: GDP)で測られる経済成長を過度に重視してきたものの、気候変動や格差拡大、環境悪化といった課題が深刻化する現代では、持続可能な開発を正しく評価できなくなっていることは明らかです。こうした状況を踏まえ、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の佐藤一朗 上席研究員は、第77回国連総会議長を務めたハンガリーの外交官であり、JICA緒方研究所の特別客員研究員でもあるチャバ・コロシ 氏にオンラインでインタビューを行い、「Beyond GDP(GDPを超える)」というアジェンダの起源、その課題、そして将来の展望について議論しました。
佐藤:インタビューをお受けいただき、ありがとうございます。まず、「Beyond GDP」は何を意味し、どこから来た考え方なのでしょうか?
コロシ:「Beyond GDP」という発想は、とてもシンプルな問題意識から始まりました。開発とは本来、経済生産以外に多様な要素を含んでいるにもかかわらず、私たちはあまりにも長い間、その進歩の判断を一つの経済指標、つまりGDPに頼りすぎていた、ということです。経済活動の成果を測りつつ、社会の進歩や長期的安定性をどう評価するか―。これは常に課題となってきました。そして非常に重要な問いでもあります。成功をどう測定するかは、私たちの意思決定を方向づけ、将来の危機を防ぐのか、むしろ生み出してしまうのかを左右するからです。
GDPという指標は、世界恐慌の後に生まれました。サイモン・クズネッツ率いる研究チームは、経済活動を継続的に記録し、再び大恐慌が起きないようにするためのツールを設計するよう要請されたのです。そうして経済活動を測る強力な指標が生まれたわけですが、クズネッツ自身が「GDPは開発を測るためのものではない」と警告しています。GDPは市場で取引される貨幣換算された財やサービスの価値は反映しますが、人的資本、社会関係資本、自然資本の変化を捉えられず、また、社会の不平等を反映することもできません。
そこで重要になるのが「Beyond GDP」です。持続可能な開発には、人的資本、社会関係資本、自然資本、人工資本、金融資本といったさまざまな資本のバランスを保つことが不可欠です。私たちは経済活動を通じて、ある資本を別の資本に絶えず変換しています。多くの場合、それによって価値が生まれますが、同時にプラスの影響もマイナスの影響も持った外部性(副作用)も生まれます。そうした副次的な影響はしばしば見過ごされ、存在しないもののように扱われがちですが、実際には存在し、積み重なり、互いに悪影響を強めながら、気候変動、生物多様性の喪失、汚染、社会的不平等、社会的不安定性といった危機を加速させています。これらの危機で失われる命は、現在世界で起きている56件の武力紛争の全てを合わせた犠牲者よりもはるかに多く、10倍以上にのぼります。これが、従来の戦争とは異なる、持続不可能な開発が生み出す非伝統的な危機の特徴です。“GDPを超える”というのは、これら多様な資本にまたがる人間活動の総合的な影響を測り、私たちが本当に進歩しているのかを判断できるツールを開発することを意味しています。
JICA緒方貞子平和開発研究所のチャバ・コロシ特別客員研究員
佐藤:人間開発指数(Human Development Index: HDI) や経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)の「より良い暮らし指標(Better Life Index: BLI) 」など、GDPだけでは捉えられないウェルビーイングを測ろうとする指標はすでに多くあります。それでもなお、Beyond GDPの名のもとに新たな取り組みが次々と生まれています。既存の指標には何が欠けているのでしょうか?そして、この議論がいつまでも決着しないのはなぜでしょうか?
コロシ:GDPは依然として、開発を効果的に測定するための主要な、しかししばしば間違った尺度として使われ続けています。事実として、人間開発や生活の質を測る複合指数など、価値あるツールがすでに多くあるにもかかわらずです。問題は、アイデアが足りないことではありません。足りないのは統合性です。場合によっては、単純に必要なデータ自体がそろわないこともあります。OECD加盟諸国でさえ、質の高い関連データの約30%が欠けており、他の多くの国々では、データを収集し検証するための制度的な能力がさらに限られています。
ただし、たとえ十分なデータがあっても、方法論そのものが依然として大きな課題です。生活のさまざまな領域からデータを集め、それを統合して体系的な変革に向けた意思決定を支えるための手法はまだありません。さらに、もう一つの難題は、気候や海洋、生物多様性といった共有財を理解する上で世界規模のデータが不可欠だとしても、実際の開発政策では、世界規模の指数より地域レベルの動向のほうが重要な場合が多いことです。その背景には、国の発展段階に応じて各国の優先課題が異なり、社会が発展のステージを移る中で、どの資本を優先するかが時間とともに変わっていくという実情があります。その結果、国連の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)に関する自発的国家レビュー(Voluntary National Review: VNR) では、国際機関が集めたデータに比べて各国の報告が楽観的になりやすく、現実との間に明確なギャップが生まれてしまうのです。世界全体の状況を可視化しつつ、各国の実態とも比較できるような「適切な指標の組み合わせ方」を見い出すことが重要なのです。
最後に、忘れてならないのは、現行の国民経済計算体系を維持することで利益を得ている既得権益の存在です。負の外部性が無視されている間は、一部の関係者はコストを負わずに利益を享受しているわけです。納税者は自分の財布事情を最優先に考えるため、その他の問題は後回しになりがちです。だからこそ、たとえ歓迎されない提案であっても、GDPに依存する発想を超えて、隣人のほか、子どもや孫という将来世代の暮らしまで視野に入れることが不可欠なのです。
JICA緒方貞子平和開発研究所の佐藤一朗上席研究員
佐藤:Beyond GDPの枠組みづくりでは、今も複数の国際的イニシアチブが動いており、それぞれが異なるアプローチや優先事項を掲げています。これらの取り組みはどのように展開し、そして、Beyond GDPの今後にどんな示唆を与えているのでしょうか?
コロシ:国際的な取り組みは、すでに大きな前進を遂げています。世界銀行、OECD、主要大学などの機関は、経済活動の成果を自然資本や社会関係資本と結び付けて捉えるための方法論を開発してきました。また、GDPを超える新たな国民経済計算の試行を始めた国もいくつかあります。こうした取り組みには価値があるものの、包括的な代替システムの構築までにはまだ至っていません。
今なお欠けているのは、持続可能な開発のあらゆる側面について、量と質の両面での変化を同時に測定できるシステムです。それには、異なる開発段階の国々に十分に対応できる柔軟性や、ローカルからグローバルまでの各レベルで機能する有効性、そして投資や政策判断を導く実用性が求められます。そのため、Beyond GDPはおそらく一つの数値に集約される指標にはならないでしょう。また、その数値による国の順位づけはあくまで副産物であり、目標そのものではありません。
本当に重要なのは、国家間の比較ではありません。各国が自らの過去と比べてどれだけ進歩したかを見えるようにすることです。Beyond GDPの枠組みは、社会がどの資本に過剰投資・過小投資しているのかを明らかにし、どの分野で投資や政策の見直しが必要なのかを示すことで、意思決定を支えることができると考えます。
佐藤:Beyond GDPを実現するための第一歩として、何が最も重要だと考えますか?
コロシ:Beyond GDPがGDPと同じくらい広く受け入れられれば、私たちは「進歩」の定義そのものを大きく変えることができるでしょう。GDP自体も、利点と欠点をめぐる激しい議論を経て、世界的に受け入れられるまでに約50年かかりました。Beyond GDPは、さまざまな名称の下で25年余り議論されてきましたが、もし本気で持続可能な未来への移行を進めたいのであれば、これからさらに25年を待つ時間はありません。とはいえ、国民経済計算体系は、伝統、規制、既得権益に深く根ざしているため、一夜にして変えられるものではありません。
現実的な第一歩として重要なのは、共通のデータセットと方法論について国際的な合意をつくり、既存制度と並行して「影の測定(shadow measurements)」を試験運用することです。そこで有効性が確認されれば、持続可能性を推進し、バランスの取れた成長を促進することができ、さらにはVNR報告をより誠実で実行可能なものへと改善するための意思決定につながるでしょう。さらに、重要分野のどこに投資すべきか、どこから資金を引きあげるべきかについても、早期にシグナルを発することも可能になります。
つまるところ、Beyond GDPの核心とは、単に新しい指標をつくることではなく、経済そのものを変容させることにあるのです。もしBeyond GDPが実現すれば、世界中の大学で教えられ、企業、都市、コミュニティーで実践されるような、持続可能性を中心に据えた新たな経済パラダイムが生まれるかもしれません。それこそが、私の最大の夢です。そして、人と地球の両方の利益にとっての「進歩」という概念を再定義するビジョンでもあります。私は、その瞬間をこの目で見るまで長生きしたいと思っています。
佐藤:私も同じ願いを持っています。その実現には、各国やJICAのような国際的な機関が密接に連携し、質の高いデータをそろえる能力をより強化していく必要があると思います。今回は、Beyond GDPについての見解を共有いただくとともに、明確で示唆に富む議論をありがとうございました。
事業事前評価表(地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)).国際協力機構 地球環境部 . 防災第一チーム. 1.案件名.国 名: フィリピン共和国.
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