【コロナ関連インタビュー】志賀裕朗上席研究員に聞く

2020.09.07

ポスト・コロナの世界はどう変化し、国際協力にどのような影響を与えるのか?この問いを議論するため、北岡伸一JICA理事長のイニシアティブにより「ポスト・コロナの世界における国際協力」研究会が立ち上がりました。参加メンバーの一人、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)の志賀裕朗上席研究員に、この研究会の目的やこれまでに得られた知見、今後の展望について聞きました。

ポスト・コロナの世界はどうなるのか

—「ポスト・コロナの世界における国際協力」研究会が立ち上がった経緯は?

コロナ危機は、世界史の大きな転換点になるだろうと言われています。二度の世界大戦後や冷戦終結後といったこれまでの世界史の転換点では、それまで当然視されてきた思考枠組み(パラダイム)や規範、制度などが大きく変わりました。ポスト・コロナの世界でも、マクロレベルでは国際関係や国内政治、社会が変わり、ミクロレベルでは人々の心の在り方や人と人の関係性も変わっていくのではないでしょうか。ポスト・コロナの世界が良い世界になるのか悪い世界になるのか、まだ誰にも分かりません。

JICAは、こうした国際・国内環境の中で開発途上国を支援する仕事をしているので、激変するであろうポスト・コロナの世界の影響を受けるでしょうし、JICAの在り方も変わらざるを得ないと思います。コロナ危機では世界中の国々が同じように苦しんでいるので、本来であれば、今ほど国際協力が必要とされているときはありません。「Build Back Better」と言われるように、コロナ危機の前にただ戻すのではなく、より良い状態に復興するためには自国だけの努力では難しく、それぞれの教訓を学びあったり資源を融通しあうなどして国際社会が協力する必要があるからです。しかし現実には、世界保健機関(WHO)を舞台に米中の対立が鮮明になったり、コロナをきっかけに紛争や差別が噴出したりと、国際協力どころではない、という状況も生まれています。国際政治学者の永井陽之助氏はかつて、「我々は、より良い状態(理想)を夢見て、この地上に楽園を創りだそうとする前に、より悪しき状態に落ち込むことを回避し、現実を少しでもより耐えやすいものにするには何をなすべきか、また何をなすべきではないかを真剣に考えるべきだ」と言いましたが、今がまさにその時ではないでしょうか。過度に悲観する必要はありませんが、最悪に備えて最善を尽くす、という「慎重な楽観主義(cautious optimism)」の姿勢が重要だと思います。

2020年5月、北岡伸一JICA理事長のイニシアティブでスタートしたこの研究会の目的は、ポスト・コロナの世界における国際協力の在り方を多角的な視点から考え、世界の構造的な変化を踏まえた日本やJICAの貢献策を検討することです。具体的には、ポスト・コロナの世界を考える上での4つの問いとして、①コロナ危機の教訓は何か、②ポスト・コロナの世界はどう変わってしまうのか、③ポスト・コロナの世界はどうあるべきか、④日本(JICA)はより良き世界の構築のためにどう貢献すべきかについて、北岡理事長と各界の有識者が対談して議論し、さらに、JICA緒方研究所をはじめJICA内各部のメンバーが有識者に質問をぶつける形で議論しています。

複雑怪奇な世界の動きを捉えるヒントを探す

—同研究会で得られた学びや知見は?

これまで、国際政治、東・東南アジア政治、日本政治、国際経済、国際金融、経営、保健といった多様な専門家の深い知見に触れたことで、我々が普段非常に狭い視野でしか物事を考えていないことに気づかされました。コロナ危機でなければ読まなかった書籍を読んだり多様な知見に触れたりすることで、こんな考え方もあるのか、このような切り口で世界を眺めることもできるのかと、複雑怪奇で極めて流動的な世界の動きを考える重要なヒントを数多くもらっています。

例を挙げると、東南アジアの政治経済史がご専門の熊本県立大学の白石隆理事長は、国民と国家の間には黙示の契約(社会契約)があるが、ポスト・コロナの世界ではその在り方が変わるのではないかと予測していました。この契約には「自由」「安全」「豊かさ」の3つの要素があり、例えばアメリカやフランスは自由を、中国は安全を優先するというように、これまでは国によってどれを重要視するか違っていました。しかし、コロナで人々の命が脅かされる状況下では、自由を重視していた先進国でも、安全のためには自由を犠牲にし、多少の監視国家化は受け入れる方向に動いていくかもしれません。また、中国のような権威主義国家は、国民の自由を無視した強権的な手法でコロナ感染拡大を抑止しましたが、今後はこうした手法を途上国に「輸出」するかもしれません。日本をはじめとする自由民主主義国家は、自国自身が「安全」だけを過度に重視する国にならないように努めるとともに、途上国においても、「自由」「安全」「豊かさ」の3つの要素がバランスよく守られる社会が構築されるように支援していく必要があります。

経営学が専門の国際大学の伊丹敬之学長からの示唆も印象的でした。伊丹学長は、単に「日本型」と言っても外国の人は誰も理解・共感してくれないので、日本型経営が成功した理由を理論化し、論理的・合理的に説明することが不可欠だと主張しました。JICAは日本の経済発展の経験に根差した支援を途上国で実施していますが、日本でうまくいったことをそのままアフリカに持っていっても成功する保障はない。日本モデルを持ち込むときには、なぜそれが日本だけではなくアフリカでもうまくいくと考えられるのか、相手に納得してもらえる論理が必要ということです。ポスト・コロナの世界におけるJICAの仕事の仕方に生かすべきところだと痛感しました。

さまざまな視点からポスト・コロナの世界を考える

—今後の展望を聞かせてください。

人類は危機に事前に備えるのが苦手です。金融危機は何度も起きていますし、感染症のグローバル・パンデミックの危険も、SARS、MERSが発生するたびに指摘されてきました。ですから、今回のコロナ危機も喉元を過ぎれば忘れてしまい、十分な教訓をくみ取れないかもしれません。だからこそ、世界が、今回のコロナ危機からどんな教訓を学ばなくてはいけないのか、どんなリスクに備えておくべきなのかを考えなくてはならないのです。そのために、今後の対談ではリスク管理の専門家に話を聞いてみたいです。開発援助の分野だけではなく、新しい視点も取り入れ、横に広く縦に深い知的交流を行う必要があると思っています。そして、これが重要なのですが、話を聞く、本を読むといったインプットをしたらアウトプットをしなければ意味がありませんので、得た知見をJICAの中にフィードバックして援助の在り方や戦略に反映できるよう検討するほか、我々の気づきをJICA外へも発信していきたいと考えています。

そしてJICA緒方研究所としては、「ポスト・コロナの世界がどうなっていくか」という大きな問いを細かくブレイクダウンした問いから、個別の研究プロジェクトを立ち上げていきます。例えば、グローバリゼーションの現れといえるバリューチェーンは、ポスト・コロナの世界でどんな影響を受け、どう変わっていくのか、これまで普遍的な価値とされてきた自由民主主義や法の支配がどうなるのか、アメリカ、中国、ロシア、インド、欧州諸国などの国際関係はどうなるのか、東南アジア諸国は新しい国際政治の現実の中でどのように連携を深めていくべきかなど、さまざまな研究プロジェクトを進める予定です。

■志賀裕朗上席研究員プロフィール
東京大学法学部公法学科卒。コロンビア大学国際関係・公共政策大学院およびハリマン研究所より、旧ソ連邦地域研究および国際関係論で修士号取得。1991年に海外経済協力基金に入社し、大蔵省国際金融局(現財務省国際局)、国際協力銀行を経て、JICAでは2013年4月から現職。

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