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国際シンポジウム「『グローバル・サウス』がもたらす新たなダイナミクスを探る-開発途上国は中国にどう向き合っているのか?-」開催

2024.07.24

国際社会は、複合的な課題に直面する中、新たな世界システムの構築を模索するという重大な局面を迎えています。新たな大国として中国は開発途上国との関係を強めていますが、同国が支援するインフラ開発プロジェクトをめぐっては、環境問題、人権問題、債務負担などを懸念する声も上がっています。一方で、事業を受け入れる側の国々は、中国との関係をどのように捉えているのでしょうか?

JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、小国の視座から中国との二国間関係を捉え直すため、フィリピン、ラオス、バングラデシュ、スリランカ、ウズベキスタン、セルビア、ザンビアの7ヵ国に焦点を当てた研究プロジェクト「インド太平洋の平和と開発の新ダイナミクス-途上国の中国への対処-」を実施してきました。2024年3月5日には国際シンポジウムを東京で開催し、このうちフィリピン、ラオス、バングラデシュ、セルビアの4ヵ国の事例研究の成果を共有しました。

さまざまな国の対中関係を分析する:五要因モデル

冒頭、JICA緒方研究所の高原明生シニア・リサーチ・アドバイザー(前JICA緒方研究所研究所長、前東京大学教授、現東京女子大学特別客員教授)が研究プロジェクトの概要を示しました。「グローバル・サウス」と中国との関係を理解する上で、本プロジェクトでは小国側の「主体性」を分析の主軸にしているとし、小国の対中関係への対応を、小国側の視点から分析する重要性を強調しました。さらに、本プロジェクトが分析枠組みとして採用する「五要因モデル」を紹介し、構成要素となる、1)国内政治、2)経済情勢、3)平和と安全保障、4)国際関係(世界レベル)、5)国際関係(地域レベル)の観点から、小国の対中関係を分析することの重要性を説明しました。高原シニア・リサーチ・アドバイザーは、このモデルを各国に適用することで、小国の対中関係のダイナミクスを比較するツールになると説明しました。

JICA緒方研究所の高原明生シニア・リサーチ・アドバイザー(東京女子大学特別客員教授)

フィリピン、ラオス、バングラデシュ、セルビアの事例から見えてくるもの

デンバー大学ジョゼフ・コーベル国際研究大学院のアルビン・カンバ講師は、フィリピンがどのような過程を経て対中政策を形成してきたか説明しました。カンバ講師は、フィリピンの外交関係に関する先行研究は、国際関係と国内政治の観点を切り分けて分析している点に限界があるとして指摘。その上で、国家ではなく「政治指導者」を分析の単位と見なすことで、これまで十分に解明されてこなかったフィリピンの政権交代が、地政学、国内政治、経済的状況との間での相互作用を変容させ、その結果として、新たな対中外交政策が形成されていると述べました。

マレーシア国民大学マレーシア国際問題研究所のチェン・チュイー・クイック教授は、ラオスの事例として、ラオス・中国高速鉄道の整備事業を取り上げました。クイック教授は、同事業が、中国とラオス間の接続性だけでなく、タイとベトナムを視野に入れた南西部への拡大にも影響を及ぼし得ると考察しています。中国との協力をめぐり、ラオスのエリートが、国内のインフラ開発を推進することで高めようとする一党制の下にある政府の正統性と、国民の認識との間にギャップが存在する点を指摘しました。ラオスの主体性の危うさは、ボトムアップ式の社会的チェック・アンド・バランスのシステム不在、資源や制度の不足、そして外部パートナーの選択肢の狭さという3点に起因すると説明しました。

ダッカ大学のライルファー・ヤスミン教授は、中国の台頭を受け、バングラデシュの地政学的な重要性が高まり、同国の主体性が強まりつつあると論じました。同教授は、2006年に中国がインドを抜いてバングラデシュ最大の貿易相手国となった点を強調し、バングラデシュが達成した着実な経済成長に加え、若者が大多数を占める世界第8位の人口が、協力パートナーとしての可能性を高めている点を説明しました。バングラデシュにおいて中国が開発パートナーとして受け入れられている要因については、主に貿易の特徴的なパターン、査証発給条件の緩和、インドと比較しての中国の政治的・文化的近さを挙げ、締めくくりました。

ベオグラード大学のデュルガナ・ミトロビッチ教授は、セルビアについて、中国が提案したバルカン半島の「陸海高速輸送路」で中心的な位置にあることや、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization: NATO)非加盟の軍事的中立国であることが、中国にとってパートナーとしての魅力を高めていると説明しました。ミトロビッチ教授によると、中国は東欧地域での政治的、経済的、文化的な影響力の拡大を目指しています。そして、両国による現行の軍事協力に加え、2008年のコソボ独立宣言に対するセルビアの姿勢を中国が政治的に支持してきたことが、セルビアが中国を最も重要な世界的戦略パートナーと見なすことに大きく寄与していると説明しました。


米デンバー大学ジョゼフ・コーベル国際研究大学院のアルビン・カンバ講師

マレーシア国民大学マレーシア国際問題研究所のチェン・チュイー・クイック教授

ダッカ大学のライルファー・ヤスミン教授

ベオグラード大学のデュルガナ・ミトロビッチ教授

現実に即した評価が必要

続いて、JICA緒方研究所の北野尚宏シニア・リサーチ・アドバイザー(早稲田大学教授)がモデレーターを務め、パネルディスカッションと質疑応答が行われました。北野シニア・リサーチ・アドバイザーは、中国による政府開発援助(Official Development Assistance: ODA)に代わる指標として2001〜2022年の対外援助額の試算を示した上で、当面は援助予算が大きく増加しないとの見通しを示しました。JICA緒方研究所の志賀裕朗客員研究員(横浜国立大学教授)は、各国間の関係について、「現実」として認識されている現状であっても、実際にはニュアンスが異なると論じ、実態に則して評価する必要があると述べたほか、小国が大国に対して主体性を発揮する傾向は今後も強まっていくだろうとの見方を示しました。

JICA緒方研究所の北野尚宏シニア・リサーチ・アドバイザー(早稲田大学教授)

JICA緒方研究所の志賀裕朗客員研究員(横浜国立大学教授)

参加者との質疑応答では、気候変動対策で中国が果たす役割も取り上げられました。ミトロビッチ教授は、中国の習近平国家主席が国外の石炭使用に対する財政支援をやめ、開発途上国での環境配慮型・低炭素型のエネルギー事業に資金を供給すると2021年に発言したことから、同分野において中国の役割が高まる可能性がうかがえると指摘しました。

最後に、高原シニア・リサーチ・アドバイザーがパートナー国の政治プロセスを分析する重要性を強調しました。開発協力は、必然的に政治的な性格を持つものであることを念頭に置き、効果的なプロジェクトを実施するためには、各国の政治プロセスを十分に理解することが不可欠であると述べました。さらに、それぞれの分野でどのようなアクターが活躍し、どのような異なる考え方があるのか、また、その考え方の背景にはどのような政治的事情があるのかなどを理解することの重要性を指摘しました。そして、中国側の政治プロセスを見ることの重要性についても言及し、中国の開発援助を理解するためには、政策文書を超えたところにまで目を向け、現場で実際に何がなされているのかを知ることが大切だと強調し、議論を締めくくりました。

この研究プロジェクトの成果は12本の論文にまとめられ、「Journal of Contemporary East Asia Studies」の特集号として出版されています。

以下のリンクから、シンポジウムの動画をご覧いただけます。

「グローバル・サウス」がもたらす新たなダイナミクスを探る -開発途上国は中国にどう向き合っているのか?-【JICA緒方研究所:セミナー】

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